理研BSIニュース No.29(2005年8月号)

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BSIでの研究成果

若年性ミオクロニーてんかん原因遺伝子の発見

神経遺伝研究チーム


はじめに

研究チームは、米国カリフォルニア大学ロサンゼルス校との共同研究により、最も発症数の多いてんかんである若年性ミオクロニーてんかん(JME)の原因遺伝子EFHC1を発見しました。今まで報告されたほとんどの特発性てんかん原因遺伝子は、イオンチャネルをコードしますが、EFHC1はイオンチャネルではない新規な蛋白をコードします。本発見は、今後てんかんの発症メカニズムの理解、治療法の開発・改良に大きく寄与すると予想されます。


背景

てんかんは反復するてんかん発作を特徴とし、全人口の約1%が発症する頻度の高い神経疾患です。てんかんには多数の種類があり、その多くに遺伝的背景が想定され、原因となる遺伝子も100を大きく上回ると予想されています。大きくは、てんかん発作のみを症状とし、脳内病変の見られない比較的軽症の特発性てんかんと、運動障害・知能障害などを伴い、しばしば進行性でより重症の症候性および潜因性てんかんに分類されますが、てんかんの多くは特発性てんかんです。特発性てんかんの原因遺伝子は現在までに20弱を数え、そのほとんどがイオンチャネルをコードします。JMEは、思春期に発症し起床時に頻発するミオクロニー発作・強直間代発作などを特徴とするてんかんで、特発性てんかんの中でも最も多く見られ、全てんかん患者の7~9%、特発性てんかんの20~25%を占めるとされています。原因遺伝子が複数存在すると予想され、今までに脳で発現が見られるGABRA1(神経伝達物質受容体)、BRD2(核転写因子)などの遺伝子の変異がJME患者家系で報告されていますが、これらは現在のところ、変異の報告が一家系に留まり多くのJME家系では変異が見られない、もしくは遺伝学的な示唆のみで実際の変異は見つかっていないなど、JMEの原因遺伝子とはまだ確定しがたいものばかりです。


EFHC1蛋白の構造とJME疾患変異

今回の成果

我々共同研究グループは、関連機関倫理委員会の承認に基づきインフォームドコンセントを得て集められた、多くのJME家系を遺伝的連鎖解析などの遺伝学的手法で解析することにより、JME候補領域を第6染色体短腕部の6p11-p12約350万塩基に絞り込みました。この領域の18の遺伝子すべてについて44のJME家系で変異解析を行ったところ、17の遺伝子には疾患変異と考えられるものは見つからず、ただひとつ、新規遺伝子EFHC1においてのみ複数のミスセンス疾患変異をJME患者で見出しました(図)。変異は6家系で見られ、P77T/R221Hのダブル変異が2家系で、F229L変異が2家系、D210N変異が1家系、D253Y変異が1家系でそれぞれ見つかりました。これらの変異は正常コントロール382人では、まったく見られませんでした。また、JME患者だけでなく正常コントロールでもある一定の割合で見つかるR159W、 R182H、 I619Lの3種の多型も見出されました。


EFHC1はカルシウムイオン結合モチーフを持つ640アミノ酸からなる新規蛋白をコードします(図)。発現は広い範囲の組織で見られ、脳の神経細胞でも見られます。さらに、EFHC1の機能を探るため、培養した海馬の神経細胞で強制発現させてみたところ、細胞死を引き起こすことが分かりました。さらに驚くことに、JME患者のみで見られた変異を導入したEFHC1遺伝子産物では、すべてのJME変異でこの細胞死誘導効果が阻害されるのに対し、正常人でも見つかる3種の多型では阻害がさほど見られないことが分かりました。また、このアポトーシスは特定のカルシウムチャネル(Cav2.3)の阻害剤で抑制されること、脳内でEFHC1の発現とCav2.3チャネルの発現がよく一致すること、EFHC1遺伝子産物がCav2.3チャネルの電流を特異的に増加させ、この増加がJME変異により阻害を受けること、EFHC1遺伝子産物がCav2.3チャネルと特異的に結合することなどを見出しました。


これらの結果は、EFHC1がJME原因遺伝子であることを強く支持するものであり、また、JME患者で見られた変異が、本来EFHC1遺伝子産物が有するCav2.3チャネルを介した神経細胞死誘導機能を阻害し、それがJMEの発症に繋がっていることを示唆しています。


今後の期待

JMEは脳内病変の見られない特発性てんかんに分類されますが、神経細胞数の増加や、本来あるべき場所でない部位での神経細胞の出現、構造異常など、microdysgenesisと呼ばれる微少な組織学的変化がJMEを含む特発性てんかんの患者さんで見られることが複数の論文で報告されていました。これらの異常がJMEの発症に関わっていることが示唆されてきましたが、なぜ起こるのかはまったく不明でした。今回、我々が発見したEFHC1遺伝子が有する神経細胞死誘導効果は、まだ大胆な仮説ではありますが、この遺伝子が中枢神経系の発達過程で余分な神経細胞を取り除く役割を果たしている可能性を示唆し、さらにJME患者において、疾患変異によってEFHC1が細胞死誘導効果を失うことにより異常な神経細胞が残存し、易興奮性の神経ネットワークの形成に繋がっている可能性を提示しています。今後、動物モデルなどによるさらなる検証が求められます。


本発見は、最も頻度の高いてんかんの主要な原因遺伝子の同定であるばかりでなく、今までに提示されたことがないまったく新しいてんかんの発症機構をも示唆するものであり、今後てんかんの発症メカニズムの理解、治療法の開発・改良に大きく寄与することが期待されます。


Suzuki T, Delgado-Escueta AV, Aguan K, Alonso ME, Shi J, Hara Y, Nishida M, Numata T, Medina MT, Takeuchi T, Morita R, Bai D, Ganesh S, Sugimoto Y, Inazawa J, Bailey JN, Ochoa A, Jara-Prado A, Rasmussen A, Ramos-Peek J, Cordova S, Rubio-Donnadieu F, Inoue Y, Osawa M, Kaneko S, Oguni H, Mori Y, Yamakawa K:
Mutations in EFHC1 cause juvenile myoclonic epilepsy. Nat. Genet. 36: 842-849 (2004)


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