「人工知能はどこまで行くのか? ~宇宙流を生み出す脳 vs. 人工知能を生み出す脳~」サイエンスコミュニケーターレポート

posted in 2016.12.19

人工知能の快進撃が止まらない。Google DeepMindが開発したAlphaGoが、2016年3月、韓国のトッププロ棋士であるイ・セドルに5局勝負の4局を制して勝利した。半年前まで、人工知能が囲碁のプロ棋士を負かすのにあと10年は必要と言われていた。にもかかわらず、こんなにも早く勝負がついたのはなぜなのか。人工知能と人間はどこが違うのか。人工知能に明るく、脳の数理研究のパイオニアである甘利俊一チームリーダーと、宇宙流と称されるロマンのある壮大なスケールの棋風で知られる武宮正樹九段とが、囲碁や脳、人工知能について語った今回の対談。詳しくはビデオをご覧いただきたいのだが、やはり最も印象的だった話題は「人間らしさとは」という問いである。人工知能が人々の期待と不安の的となる中、巷では「人工知能は〜」「人は〜」という比較が多くなされる。対談でも「AlphaGoはドライ。味も素っ気もなく、割り切っていて、とにかく勝つために打つ」「人間には情緒がある、味を残す、含みがある」といった対比がなされた。この「情緒」とか「含み」というものは、概念そのものが曖昧さを含んでいて、今の脳科学では到底説明できない。しかしこれに続いたやりとりに「人間らしさとは」という問いに対する、もう少し具体的なヒントがあるように感じた。


「イ・セドルはプレッシャーに負けたのではないか、と甘利先生_web report用いう話もある」と甘利さんは切り出す。「人間は心があるから美意識がある。汚い碁は打ちたくないとか、負けたらみっともないとか、そういう部分がある。人間はある種の芸術品を作るように打っているところもあるが、人工知能は勝てば良くて、流れ、ドラマを作ろうという気がない」そう続ける。

AlphaGoは囲碁に勝つためにプログラムされた。人間の直観のように、局面を瞬時に判断して最善の手を選ぶ局面評価が、深層学習(ディープラーニング)という手法によって可能になり、それにランダムに解法を探していくモンテカルロ探索法を混ぜているのだから、かなり手強い。しかも、勝って嬉しい、負けて悔しいという感情はない。自分が相手より劣っていることを他人にどう見られるかを気にすることもない。ただ、勝つという目的のための計算をひたすらして、その通り石を置いていくだけである。ある意味これは、武宮九段が対談の中で挙げていた「考えて打たない」「感じて打つ」という状態に近いといえるのではないか。「人間は考えると欲が出る、欲が出るとミスが出る」と武宮九段は言う。とすれば、人工知能には邪念がないのだから、勝負には有利だ。「AlphaGoに感情をもたせたら、きっと弱くなっちゃう」と甘利さんは笑う。

DSC02652_ウェブレポート用ところが、である。「AlphaGoは第4局で負けましたけれど、あの時、難しいところに打たれた後の乱れ方がひどかった」と友情出演の小林千寿六段は指摘する。「コンピューターはいったん形勢が悪くなると、何だか闇雲に打つみたいだね」と武宮九段も同意した。AlphaGoはほとんどミスをしないが、ミスをした場合は、戦略を立て直せずに崩れてしまうようだ。「そこが、難しいところですね。コンピューターは流れを考えないから、悪い流れを断ち切る、なんてこともできない」と甘利さんも言う。

人工知能は勝負に対して感情やプライドがないから滅法強い。しかし同時に、感情や流れを意識しないから失敗を立て直せないということもあるのではないか。人間はその局面で最善の手を見出せなくても、その局面とその後の局面をつなぐ大きな流れを意識しながら変化に対応することで、窮地から自身を立て直すことができるのかもしれない。

「人間の脳は、生物の長い歴史の中でさまざまな変遷を経てきた結果であり、その歴史を引きずっている」と甘利さんは指摘する。進化においては、ある環境での正解が、別の環境でも正解となるとは限らない。だから、いくら正解を探すのに長けていても、立て直すことが難しいシステムは生き残れない。

それぞれの局面における最善の戦略だけでなく、局面と局面をつなぐ関係性にも意味を見出し、生存競争に勝ち残るという結果だけでなく、その過程にも意味を見出す。この流れを意識するという人間の不思議な特性が、人間にどのような利点をもたらし、同時にどのような制約をかけているのか。それが脳のどこから生じ、そして私たちはこの特性を人工知能に応用すべきなのか。まだ答えのない問いが次々と頭に浮かぶ、そんな1時間の対談だった。


Text by 青木 田鶴 BSI サイエンスコミュニケーター
Photo credits: BSPO
(c) RIKEN BSI 2016

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