勝間和代∞BSI 中原裕之-代官山蔦屋書店で脳科学∞つながる 第3弾レポート 

posted in 2017.02.28

第3回目となる2016年11月21日は、経済評論家の勝間和代さんをゲストにお迎えし、理研BSIにて理論統合脳科学研究チームを率る中原裕之さんと「意思決定する脳〜人のこころの予測と脳の計算〜」をテーマにトークを行いました。人はどのように意思決定をしているのか、より良い意思決定をするためにはどうしたらいいのか。意思決定のスキルを提案し発信している勝間さんと、意思決定における脳計算を数理的に解明しようとする中原さん。それぞれ異なった観点から「意思決定」の謎に迫ります。

より良い意思決定をするには

中原N):実用的なところは勝間さんにぜひお聞きしたいのですが、脳研究の焦点は「どのように選択肢を判断しているか」です。選択肢がどのくらい自分にとって価値のあるものか、という判断がベースにあり、その仕組みが研究されています。面白いのは、人間、選択肢が増えすぎると逆に難しい。

勝間K):コロンビア大学のアイエンガー教授らが行った有名なジャムの実験*1 ですね。スーパーのジャムの試食コーナーで、24種類のジャムを並べた場合と6種類のジャムを並べた場合のどちらが売れるかを調べた。選択肢が多い方が良いと思いがちですが、結果は6種類のジャムを並べた方が購買率が高かった。選択肢が多い方が意思決定しやすいわけではないのですね。

N:じゃあ、直感で選んだ方がいいのではないか、という話もある。2002年にノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマン*2 も議論していますが、人間の思考モードには「システム1」、「システム2」*3 があるというのです。システム1とは非常に早い自動的な思考モードで、努力は必要ない。一般に直感と呼ばれているものです。それに比べてシステム2はゆっくり順序立てて知的な思考を積み上げていく思考モードです。私たちの脳内では、システム1とシステム2が互いにせめぎ合うように働いて意思決定をしているとカーネマンは主張しています。

K:直感も間違える。でも選択肢が多すぎても間違える。困りましたね(笑)。

N:困りますね。これに対して勝間さんが著書の中でおっしゃっていたのは、習慣を作っていくことだったと思います。実は脳の中には習慣を作っていく仕組みがあるんです。私が研究している脳の大脳基底核という場所では、ドーパミンという物質が快情報を伝えています。自分が予想していたよりも「よかったな、嬉しいな」ということがあると、そこにドーパミンが放出される。そしてその行動を繰り返していくうちに、ドーパミンの働きによって大脳基底核にその行動がパターン化されて保存される。つまり習慣化していくのです*4 

しかし習慣だけに頼るのも良くない。情報がパッときて、パッと反応するだけではダメなんですね。良く考えないといけないところもあって、それは脳の別なシステムがやっている。前頭葉と呼ばれる、額のあたりにある大脳皮質の一部ですが、いわゆる理性的な思考を助けています。この2つのシステムのバランスが難しい。先ほどのカーネマンの話にもつながるところでしょうか。


*1 ジャムの実験: コロンビア大学ビジネススクール教授であるシーナ・アイエンガーのグループが行った社会心理学実験。24種類の試食を提供した場合、より多くのお客が集まり、そのうち3%のお客が実際にジャムを購入したのに対し、6種類の試食提供の場合は30%のお客が購入した。選択肢の多さと意思決定に与える影響を示す例としてマーケティング戦略の根拠のひとつとされている
*2  ダニエル・カーネマン:プリンストン大学名誉教授。心理学者、行動経済学者。不確実な状況下における意思決定モデル「プロスペクト理論」などを経済学につなげた業績で、2002年にノーベル経済学賞を受賞
*3  システム1・2:キース・スタビノッチとリチャード・ウエストという心理学者が最初に提唱した、人間の2つの思考モード
*4  参考文献:RIKEN NEWS「研究最前線:脳が意思決定するとき」/ 理研プレスリリース「記憶を使った脳の報酬予測のメカニズムの一端を解明」


パブロフの犬、スキナーのハト

N:有名な「パブロフ*4 の犬」というのがあります。ベルを鳴らしながら犬に肉を与えることを繰り返すと、犬はベルの音を聞いただけで唾液を分泌するようになるという実験です。このような学習を古典的条件付けと呼びます。一方で、B.F. スキナー*5 の実験というものがあります。

K:私、スキナーの方が好きです! ハトの実験ですよね。

N:はい。スキナーの実験は道具的条件付けと呼ぶのですが、ハトが自分でレバーを押すことによってエサが出る。つまり自分の働きかけで報酬を得るのです。ここが、先ほどのパブロフの古典的条件付けとは異なります。古典的条件付けでは、唾液を分泌するという動物に本来備わっている反応を、その反応とは無関係のベルの音と関連付けて学習させるわけです。

ところがこんな実験をした人がいました。ハトにエサ箱を見せたら、ハトはエサ箱に近づくのが自然の反応です。しかしハトが近づいてくるとエサ箱を遠ざけ、逆にハトがエサ箱から遠ざかればエサがもらえるような仕組みにしたのです。つまり、パブロフの古典的条件付けの反応とスキナーの道具的条件付けの反応がお互いに矛盾するようにした。すると、ほとんどのハトはこれを学習できなかった。脳の中には、こうするのが正しいという行動を学習する部分と、それについつい惹かれてしまうという生得的な反応の部分がある程度別々に存在していて、競合してしまう場合もあるのです。

K:そういうことが比較的簡単にできる人とできない人がいる、ということもありますよね。


*4  イワン・パブロフ:ロシアの生理学者。1904年にノーベル生理学・医学賞受賞
*5  バラス・フレデリック・スキナー:アメリカの心理学者で、行動分析学を確立した。実験装置は「スキナーの箱」として有名


迷信と意思決定

K:さっきのハト実験に関して、エサをランダムに出すという実験もありますよね。ハトのレバー押し行動と無関係にエサがランダムに出てくるようにする。でもハトはその無関係な行動もエサに結びつけて間違って学習してしまう、という話だったと思いますが、あれは脳のどういった仕組みからそうなるのでしょう。

N:本来なら脳には、うまくいった場合の原因と行動を結びつけていく仕組みがあるのです。でもたまたましたことがうまくいくという結果につながることがあって、これが結びついてしまうということも起こります。ここからゲン担ぎや迷信みたいなものが生まれてくるということもあるでしょう。

K:私、もともと迷信とか占いとか嫌いなんです。ラッキーアイテムなんかも全く信じていないのですが、どうして人間ああいうものを信じてしまうのでしょうか。

N:うーん。僕もそんなに好きではない方だと思うのですが、でも何かの時には頼っちゃうかもしれないですね(笑)。

K:頼るといい意思決定ができるんですかね。脳への負荷が低いということでしょうか。

N:どうなんでしょう。あくまでも脳科学研究者としてではなく個人的な印象として言えば、正しい決断をしようとあれこれ考えすぎてストレスになるよりは、迷信を信じてストレスをかけずに決断する方が脳の幸せ度が高い場合もあるような気がします。脳だけでなく心身ともに、ですね。脳と身体はつながっていますから。

K:限定合理性*6 という表現をハーバート・サイモン*7 も使っていましたが、ある意味割り切る仕組みとしてわかっている情報の中で最適なものを選ぶ、ということでしょうか。

N脳が完全な合理性を作るのは無理だから、ある範囲の中で合理的なものを選んでいくという部分はあると思います。それから、脳というのは体の器官であり物質です。でも我々が考えること、話すことは、無形で実体がありません。素晴らしいのは、物質である脳から言葉や概念といった無形のものが生まれ、その言葉や概念のような無形のものが、また物質である脳を変化させていく。つまり互いに影響しあっているのです。言語化して考えることが、実際に脳をポジティブにもネガティブにも変化させているのです。


*6  限定合理性:認識能力などの限界によって、限られた情報の中で生み出される合理性
*7  ハーバート・サイモン:アメリカの認知心理学者、情報科学者。組織における人間の意思決定の研究を中心に行い、1978年にノーベル経済学賞を受賞


相手の心を読む

N:相手の心を読むということを考えると、どのくらいフェア(公平)であるか、つまり自分が何か得る時に相手も同じだけ得るかどうか、それとも相手のことは気にしないか、が鍵となります。公平さには、脳のいろいろな活動が関与しています。

K:有名なゲームがありますよね。

「あなたに今100ドルあげます。100ドルを向かいの方と二人で分け合ってください。二人で分け合う金額に合意した場合のみ、その金額を差し上げます。合意しなかったら1ドルも差し上げません。」

分ける人にとっては一番有利なのは自分が99ドルもらって、相手に1ドルだけあげることです。そして相手の人にとって、1ドルもらうことは何ももらえないことに比べて有利ですから、この条件を飲むのが合理的なはずです。でも、ほとんどの人はこの取引は断ります。腹がたつから(笑)。

N:そうですね。

K:多くの人が、50ドルー50ドルにしますよね。これは面白い仕組みだな、と思うのです。相手と共鳴するということですか。

N:ちょうど僕が今やっている研究は、それに関係していることです。ヒトは進化の中で相手を尊重するようなメカニズムを身につけました。自分の報酬と相手の報酬のバランスを気にする。例えば、相手との公平性を気にする時に働く島皮質(とうひしつ:insula)と呼ばれる領域。あるいは社会規範を気にする時に働く前頭葉。そういった領域が発達してきました。一方で、ヒトでも動物でも同じですが、やはり生き残るためには自分の食べ物など、貴重な資源を自分のために確保しなければなりません。この二つのバランスが個性を作っているだろう、というのが有力な考え方になっています。


人の行動を変化させるもの

K:一般に利己的・利他的(りこてき・りたてき)という表現をしますが、つまり人によって相手とのバランスを重視する人と、自分のことばかり考えてしまう人に分かれてしまう、ということでしょうか。

N:ある程度そういう違いが出てくることはありますね。利他的な行動であっても、例えば「自分の腎臓を人に提供するか」と「手元にあるクッキーを人にあげるか」はレベルが違います。だから、常にコストと実際に自分が与えるものとのバランスもある。

K:その中で自分の腎臓を与えるという決断をする人もいるわけですよね。それにも、例えば赤の他人から自分の子供までレベルがあるわけですけれども。

N:自分と遺伝子が近い人に利他的な行動をとるという考え方がありますが、必ずしもそれだけではありません。例えば自分の属する集団の人か否かでも変わってきます。実際自分の集団とそれ以外の人に対して、脳の働き方、活動が違っているというデータがあります。皆さんも普段の生活を振り返ってみれば、自分の仲間とそうじゃない人で対応が違うこともあるのではないでしょうか。

K:報酬体験に関係しているという可能性はありますか。人に対して良いことをすると自分に良いことがある。すると学習によってそれが強化されるし、逆の場合はその行動はとらなくなる……。

N:個人の一生において、その人が環境に合わせて適応していく、その中で報酬体験による学習というものが効いてくることはあります。それとは別に、親の特定の行動が子供に伝わることで、グループの文化として伝わるということがあります。ニホンザルの芋洗い文化*8 がいい例ですね。これは現象としては文化的ですけれども、親や教育がそれを推奨することで、ドーパミンが脳を変えていくということもある。個人の適応としての学習と、個人が属するグループの文化という複雑な影響の下で、利他性の概念が変化しているのかもしれません。

K:学習という意味でいえば、IQで測れるような人間の知能は上がっているそうですね。人間はどんどん賢くなっている。知能が高い方が遺伝子を残しやすいので淘汰されると聞きましたが。また、現在の資本主義、競争社会において、生まれつき知的能力や意思決定力に差があって生まれながらの不公平が生じているのではないか、という説があります。これについてどう思われますか。

N:IQのテストの歴史はせいぜい100年程度ですよね。これは遺伝子による進化が起こるスパンではないのでいわゆる淘汰であるとは言えないと思います。社会的・文化的影響が強いのではないでしょうか。生まれつきの能力の差については、非常にデリケートな問題ですね。足が速い遅いとか、背の高い低いとか、そういう性質は生まれつきの違い、ということは素直に受け入れられます。知的能力となるとなかなか複雑で、受け入れ難いところもありますが、生まれつき多少の違いが存在する可能性はあるかもしれません。


*8  ニホンザルの芋洗い文化:幸島で研究のために餌付けされた野生のニホンザル集団の間で、餌の芋を海水で洗う若い個体が現れ、その行動が集団に広がった。この行動は世代を超えて受け継がれたことから、動物にも文化が存在するという最初の例となった


意思決定を左右する「感情」も理解したい

K:生まれつきの違いはどうしようもないですが、より良い意思決定ができるように、生まれた後でもできることをぜひ教えて欲しいのですが。

N:そこはむしろ勝間さんの方がいろいろご存知なのでは(笑)。

K:私は小さな訓練の積み重ねということを繰り返し言っています。昨日と今日とでなるべく同じことはしない、とか、失敗はしてもいいけれど同じ失敗は3回繰り返さない、とか。いわゆるPDCA(Plan-Do-Check-Act)サイクル*9 をひたすら繰り返すことと説明しています。

N:科学を人生訓につなげるというのはなかなか難しい。ただ、今おっしゃったPDCAサイクルは、基本的なところは強化学習で行われているプロセスと非常に似ている。次に何が起こるか予測してより適切な方を選び、実際に起きたことを見て、自分の予測と比べてどのくらい良かったかを評価して次に活かす。直接研究とつなげられませんが、並行したプロセスと考えることはできますね。

K:私たちの脳が強化学習の中で自然にやっていることを、より日常的な単語に置き換えているだけかもしれませんね。

ところで中原さんの研究は、これからどのような方向へ進むのでしょうか。

N:今、僕が考えているのは「感情」というものがこれから分かっていくのかなと。

K:感情は意思決定にものすごく影響を与えているのに、全然分かっていない。

N:そうなんです。純粋に意思決定だけのことであれば、定量化*10 できるプロセスと言えます。しかし、喜びとか悲しみとか複雑な感情の影響を入れると急に定量化が難しくなる。

K:例えば、怒っていると明らかにリスクを冒しやすくなりますし、短期的な思考になります。感情って一体脳のどういう状態から出てくるのでしょうか。

N:感情といっても、ひとくくりにできないのです。楽しいといったプラスの感情も、怒りのようなマイナスの感情もありますし、共感のような社会的感情もある。それぞれの感情によって脳の働き方の組み合わせも変わってくるのです。怒りは確かにリスクを冒しやすくするし短期的思考を引き起こす。でも、怒りは本当に悪い影響しか与えないのでしょうか。我々人間はもともと脳が怒りを感じた時に、そういう行動をする方が適切な場面が多かったのかもしれません。そういった意思決定における感情の果たす役割が、研究によってわかってくると期待していますし、僕は実験を通してその裏にあるメカニズムを「脳の計算」として理解したいと思っているのです。


*9  PDCAサイクル:計画(plan)→実行(do)→評価(check)→改善(act)のサイクルを繰り返すことによって改善を図るプログラム
*10  定量化:物事や現象を数量で表すこと。数値化すること


Text by 青木 田鶴 BSI サイエンスコミュニケーター
Image credits: BSPO
© RIKEN BSI 2017

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