システム脳科学の未来
宮下 保司
東京大学/順天堂大学
「汝自身を知れ」の箴言に自然科学的方法で答えることができるでしょうか?
システム脳科学は、脳を構成する膨大な数の多様な分子や細胞の集まりから、最終的にヒトの精神機能が生まれるありさまを探求しようとしてきました。過去10年の神経回路研究の爆発的発展により、記憶や情動のような基礎的脳機能では、この目標の達成に向けて大きく前進しました。来るべき次の10年において、システム脳科学はこの成功をさらに高次の精神機能、ことにヒトに典型的な内省的側面の解明にまで推し進めることができるでしょうか。本講演では、大脳認知記憶に係わる神経回路研究のこれまでの発展を踏まえて、システム脳科学の未来について考えます。
脳を数理する:ニューロンからAIへ
合原 一幸
東京大学
脳科学は、“人間”の理解を目指す総合科学である。そして、あまり知られてはいないが、数学も脳科学の重要な一翼を担っている。本講演ではまず、ヤリイカの巨大神経を見事に数理モデル化したホジキン・ハクスレイ方程式をはじめ、神経細胞(ニューロン)のさまざまな数理モデルを紹介する。そして、これらのニューロンモデルから構築されたネットワークが機能を生み出す数理的からくりや脳の計測ビッグデータから有用な情報を取り出すための数理的手法を、具体例をもとに解説する。最後に、この様な数理脳科学を背景にした人工知能(AI:Artificial Intelligence)へのいくつかのアプローチを、将来展望も含めて議論する。
アルツハイマー病と闘う!
西道 隆臣
理研 脳科学総合研究センター
アルツハイマー病は認知症の最大の原因です。加齢が最大の危険因子なので、80歳以上高齢者の約4人に1人が認知症を患っています。患者や家族の尊厳を奪う一方、医療・介護等のコストは年間15兆円を超えると試算されています。一刻も早く克服しなければなりません。アルツハイマー病の研究は約110年におよびますが、急速に進歩したのはこの20年です。理化学研究所脳科学総合研究センターの国際的貢献、そして、予防法と治療法の確立へ向けた将来展望を解説します。
Interplay between light and life
宮脇 敦史
理研 脳科学総合研究センター
可視光を吸収あるいは放出するタンパク質を使って、脳の構造や機能を解析するためのセンサーやマニピュレーターが開発されてきた。そうしたツールを活用して、遺伝子改変実験動物の脳で起こる現象を深く、広く、細かく、そして速く、長く観る研究の実際を紹介する。また、可視光と相互作用するタンパク質が、「光と生命体との相互作用」を巡る人類の発見から生まれ、それらの生物学的存在意義に関する我々の理解を超えて、ますます有用になっていく過程を考察してみたい。
地球の将来のための脳科学
西條 辰義
高知工科大学
神経科学者であるサポルスキーによると、ヒトは三つの特質を持つという。一つ目は相対性である。様々な事象の絶対値ではなくその変化に反応する。急に大きな音がするとそれに反応する。二つ目は社会性である。非力なヒトが生き延びるには社会性は必要不可欠であったのだろう。三つ目は近視性である。遠い先のことよりも目の前のことが大切である、これらの特質が市場や民主主義という社会の仕組みを作り、技術革新を誘発してきた。ところが、ヒトの活動の結果、地球そのものが過去一万年続いた安定状態からその生存基盤を揺るがす状態に変化している。我々は存続をかけて<将来性>という新たな特質を引き出すことができるのだろうか。
iPS細胞がひらく新しい医学
山中 伸弥
京都大学
今から10年前の2006年、マウスの皮膚細胞に4つの遺伝子を導入することで、体の全ての組織や臓器の細胞に分化できる能力を備えた「iPS細胞」を樹立できることを報告しました。翌年、ヒトの細胞でiPS細胞の樹立を報告し、iPS細胞は失われた体の細胞や機能の回復を図る為の「再生医療」への利用をはじめ、細胞移植治療や創薬研究に革命をもたらす技術として、社会から注目を浴びています。導入する遺伝子や導入方法など多くの改良が加えられ、2014年秋には、世界で初めて目の病気の患者さんにiPS細胞から作製した網膜の細胞が移植されました。これまでの研究成果を踏まえ、iPS細胞研究の現状を報告します。