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RIKEN BRAIN SCIENCE INSTITUTE (理研BSI)



程 康(チェン・カン)博士に寄せて



理化学研究所脳科学総合研究センター(BSI)リサーチリソースセンター(RRC)機能的磁気共鳴画像(fMRI)測定支援ユニット ユニットリーダーであった程 康(チェン・カン)博士が11月8日に急逝されました。54歳という若さでした。理研BSIの職員一同、突然の訃報に接し、大きな驚きと悲しみに包まれております。深い悲嘆の中におられるご遺族やご友人、同僚の皆様の心中を察し、衷心よりお悔やみ申し上げます。

チェン博士は洞察力にあふれた“ビジョン”の人でした。中国出身のチェン博士は、20年以上もの間、私たちがどのように世界を見て認識するのか、そのメカニズムの理解に情熱を傾けてきました。チェン博士は、1992年、サルの大脳皮質視覚連合野において、形などの高次元の視覚的物体特徴に対応する「コラム構造」を発見しました。物体の視覚認識の最終段階に位置する視覚連合野の神経細胞は、似た特徴に反応するものが集まるコラムと呼ばれる構造を形成することを見出したのです。この結果は、多次元における視覚的物体認識の脳メカニズムについての貴重な見通しを与えるものでした。

その後、チェン博士は物体認識メカニズム研究の対象をヒトの脳へと発展させましたが、これは非常に果敢な挑戦でした。当時、ヒトのコラム構造を可視化できるような画像技術は存在しなかったからです。この問題を解決するため、2001年、チェン博士は当時ポスドクをしていた認知機能表現研究チームのチームリーダーである田中啓治博士とともに、高解像度fMRIの開発に乗り出しました。チェン博士は、技術改良を重ねて高解像度fMRI法を確立し、わずか1mm程度の大きさのコラム構造を、生きているヒトの大脳皮質視覚野で可視化することに成功しました。さらにその後チェン博士は、この技術を改良しながら、色や方向などの物体の視覚的特徴がどのように脳で処理されるのか、詳細かつ包括的な脳機能マップを描くことを試みてきました。チェン博士が、近年の世界の高解像度fMRI技術開発において、中心的な役割を果たしていたのは誰もが認めるところです。

チェン博士はまた、RRCの支援ユニットリーダーとして、BSI内の多くの研究者と密接な共同研究を進めてきました。彼の技術的な支援と鋭い知性による助言なしには、「将棋における直観的な手や戦略決定の脳研究」「大人から子供にかける話し言葉の分析」「他人の意思決定を学習する脳の仕組み」といったBSIにおける素晴らしい研究成果の数々は成し遂げられなかったでしょう。これらの研究の成功の陰には、チェン博士の類い稀な知性だけでなく、周りの研究者を惜しみなく支援する彼の優しく寛大な心がありました。「カンはとても心の広い人でした。彼はいつどんな時でも周りの人を助け、支援してくれました。常に深く共感し、理解してくれました」と、チェン博士のかつてのメンターであり、近しい共同研究者であった田中博士は振り返ります。

視覚認識メカニズムの謎を解き明かすという大きな目標に向かって歩んでいたチェン博士は、まだ道の半ばにいました。「我々はこの数年で高解像度fMRIが大きく進歩したのを目の当たりにしてきた」。雑誌『Neuroimage』に発表した最近の論説の中で、チェン博士はこう述べています。「(しかし)弱視や斜視といった視覚発達障害を持った人たちを調べるために、高解像度fMRIを日常的に使用することができるようになるには、まだ長い道のりがある」。

チェン博士を失ったことは、理研BSIにおいても、そして世界の神経科学コミュニティにとっても大きな痛手です。チェン博士は良き夫であり、良き父でした。そしてfMRI測定支援ユニットのメンバーにとって、理解あるメンターでもありました。チェン博士との別れが、あまりにも早く到来したことは遺憾に堪えません。チェン博士は多くの人々に愛されていました。余暇に撮影していた感性あふれる美しい写真の数々とともに、私たちは深い知性、旺盛な好奇心、温かく優しい心を持ち合わせたチェン・カン博士を忘れることはないでしょう。ここに謹んで哀悼の思いをこめ、チェン・カン博士のご冥福を心よりお祈りいたします。

 

程 康(チェン・カン)博士

程 康(チェン・カン)博士