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RIKEN BRAIN SCIENCE INSTITUTE (理研BSI)

御子柴克彦 BSIチームリーダー フランス レジオン・ドヌール勲章受章記念インタビュー

2014年1月28日

2013年12月16日、御子柴克彦チームリーダーは「脳科学における卓越した功績および日仏間並びに国際的な文化・科学の交流」への貢献に対し、フランス政府より、レジオン・ドヌール勲章シュヴァリエに叙されました。研究実績のみならず、若い研究者を育ててこられた功績も高く評価された受章です。
本インタビューでは、受章のご感想から、若者を育てる=教育という分野までお話しいただきました。

どのようにして受章を知られたのですか
翌日には海外出張へ出かける前日の夕方に、私の研究室へ在日フランス大使から直接に電話がありました。「フランス大統領が、レジオン・ドヌール勲章を御子柴先生へ贈られることが決まりました」
即座に「ありがとうございます。大変光栄です」とお答えしましたが、実はその時は章について詳しくは知らなかったのです。まわりにいたみんなが章についてネットなどで調べてくれました。また、出張先のスウェーデンでもみんなが「すごい、すごい」と騒いでくれまして、「なんだかすごいらしい」と気がつきました。文化芸術では黒澤明、小澤征二、丹下健三、平山郁夫、政治では伊藤博文、中曽根康弘、森喜朗などと多いのですが、科学では数学者の広中平祐、また理研では物理学の理研第7代理事長 有馬朗人などに続き、私は3人目の受章だそうです。

授章式はいかがでしたか

在日フランス大使から勲章の授与

在日フランス大使から勲章の授与

大使からの叙勲の後の答礼スピーチ

大使からの叙勲の後の答礼スピーチ

在日フランス大使が式典のスピーチで、私のこれまでの仕事を非常に細かく紹介して下さいました。そこで、私たちの理研での研究成果が世界で認められていることについても言及されたことは大変うれしかったです。また、単に私が日本パスツール協会の会長をしていることにもとづく日本とフランスの二国間交流ということではなく、世界のなかでの日仏関係という大きな視点に立った世界レベルでの貢献という捉え方をしておられることを知りました。ですからスウェーデンでのカロリンスカ研究所の外国人教授を務め、また当研究所からの名誉学位(医学博士)を授与されたことや、韓国のソウル大学の教授(World Class University Professor)を務めたことまでスピーチの中で触れられたので大変驚きました。私が仲間と一緒にしてきた研究成果、そしてその過程で世界へと羽ばたく若い研究者たちを養成してきたこと、さらにはこれらが継続した国際交流へとつながっていったこと全てを称えて下さったことがとても嬉しかったです。

御子柴克彦 シニアチームリーダー

脳科学の面白さ
私が医学部に入って二年目には「脳の研究をしたい。脳の発生と分化をやりたい」と決めていました。なぜ脳を研究したかったかというと、脳はほかの臓器とは違い、唯一、異なる個体とのコミュニケーションができる臓器だと思ったからです。肝臓やほかの臓器は体の維持、つまり個体の恒常性のために働いている。一方、脳や神経系は体の恒常性の維持に加えて、聞く、しゃべる、見る、そういう感覚系と連絡して、自分以外の個体とのコミュニケーションを可能にする。脳だって、臓器のひとつなのに。肝臓がいくらがんばっても異なる個体と話しできないでしょう。脳は、外の情報を視覚、聴覚、臭覚、触覚という形で自分に取り込み情報処理し、その結果をアウトプットとして行動等ができる唯一の臓器です。個体間のコミュニケーション活動に関しては、脳以外の臓器は何もできない。つまりは脳があるからこそ人間社会において文化を作り出せる。文化・思想は脳の活動の産物なのです。脳の研究は、人間そのものの存在を問うということ。脳の研究を進めることによって、健やかな人間になれるようになり、悲惨な脳の病気も防ぎ、かつ治すことも可能となります。人間の文明をよい方向に持っていき、平和な社会にしたいじゃないですか。例えば脳が間違えた決断をして、それこそ原爆のボタンを押したりしたら、大変なことになる。その意味で脳は人間という種の存続をも決めうる重要な臓器といえるでしょう。

発見とは!
「発見」とは、今まで分かっていない生命現象の本質を規定する新しい原理を見つけることです。発見は従来の既成概念を払いのけて、ユニークな予想もしない自由な発想から生まれてきます。そのためには二つ重要なことがあって、一つ目は自分自身を多様なフレキシブルな考えが出来る様にすることです。そのためには、若いうちから色々なことを経験しておくことが大切で、その中から自分の好きなものや得意なもの、不得意なものが分かり、「これならば自信をもってやれる」ということがわかってきます。それぞれの得意なものが個性となります。ですから自由であり、多様性をもつ個人が沢山いることが必要です。
二つ目は多様な人の集団を作ることです。似たような人が一つのグループに集まってもだめで、同じような考えしか出来ません。とんでもない発想をする人の集団をつくることが必要です。そのような人が何人かいると、とんでもないことを考えたりしてくる。多様性ある個性が集まったときに新しいものが生まれる。「発見」が生まれ、発見ができる研究者が生まれる。

目的志向的研究偏重の問題点
最近は目的志向的な研究が多くなっています。例えばある病気の治療薬をつくるなどの創薬です。このプロセスでは薬のスクリーニングの方へ目が向いてなかなか発見は出てこない。目的を先に設定して行う研究は「予想したものを確認する」という検証です。予想もしていなかったこと、つまり発見とは異なる概念ですね。ペニシリンの発見は、目的志向的な研究からではなく偶然見つけ出したもので、まさに「発見」です。目的志向的な研究からは出てこなかったでしょう。「自由な発想に基づく研究による発見」と「目的志向的研究」は全く異なりますが、両方とも大切です。しかし研究がすべて目的志向的なものになると、その国の科学は衰退します。
研究では沢山の石が100あったとした時、ひとつでも宝石を探し出せたら大成功です。私達の場合は、ひとつのことをやるときは必ず少なくとも10の異なる考え方による試みをします。10のうちのひとつが、それも好奇心でやってみたものが新しい発見につながったりすることが多いのです。

御子柴克彦 シニアチームリーダー

若手を育てる極意
私のラボに若い研究者あるいは研究者志望の人が来たら、その人をよく観察して、何に興味をもち、何が得意かを見極めるようにしています。ある人には特定のテーマをするように言いますが、その場合はできるだけ周囲を見ながら異質なものとの融合を図ったり、つなげたりするようにしています。また別の人には大まかなテーマだけを与えてそのテーマのなかで、「やりたいことを何でもやっていいよ」と言います。そのうちに「こんなもの見つけました」ってやってくる。大所高所から見て、重要と思われた場合は、「それ、面白いじゃない!」って言ってあげる。そうすると元気になって研究につき進む。そのうちに予想のつかないものが出てくる。

研究を進めるにあたってはいくつかの事象に基づいて「ある仮説」をたてて、それを検証していく形で進むのが原則です。ここで重要なことは、仮説通りの結果が出たときはそれでいいのですが、予想と異なる結果が出たときが一番大切なのです。まずそのデータを出した実験手技やプロセスに誤りがないかをチェックします。次にこれが正しいとすれば、これまで寄って立ってきた基盤の事実が違うということになり、それが予想のつかないもの、つまり発見につながるのです。これを成し遂げた人には大きな自信になる。

若い人には「君、何が好きなの?」から問いはじめる。自分が好きなもの、得意なもの、苦手なものを見分ける、それが大事。でも今の受験制度、教育制度のなかではなかなか難しいですね。本当はそこから改革しないといけない。最近は幼稚園あるいはそれ以上の頃からの教育が大切であることも分かってきました。最近は、幼稚園にお子様を通わせているご両親や幼稚園の先生を対象とした講演の依頼を受けて話しにいくことも多くなっています。

幸いに、今まで40人近くの研究者が私のラボから独立して、それぞれに教授などのリーダーとなっています。更にそれに続く人達も沢山います。ひとえにいい仲間が集まってきてくれた。場所とかスペースの広さはあまり問題ではない。うちの研究室は梁山泊*のようなものでいわゆる多種多様な人たちが、あるときは8畳くらいの小さなスペースに7~8人もいたこともあり、まっすぐに歩けないくらいの時もありました。しかし、狭いが故に緊密に話ができる。今ではそこにいた人は全員教授になり、それぞれ異なった分野でユニークなリーダーとなっています。また、彼等がそれぞれ連絡を取り合い、共同研究をはじめたりして良い結果を出している。これはとても嬉しいことです。
(*りょうざんぱく:有志の巣窟の意)

基礎研究の意義とBSIへの期待
生命の基本的な原理は、ほとんど分かっていない。それに脳科学はやればやるほどわからないことが出てくる。解明されていない本質を知るためには色々な方法を試さないといけない。色々な試みで探りを入れていくのが基礎研究者の仕事。それによって「こういうメカニズムで成り立っているからこういう現象が起きるんだ」ということがわかってくる。つまり基本的なメカニズム、それが見つかりさえすれば、どこがおかしくなるとどの様な病態が起きる、そしてこのような病気になる、とわかる。そのおかしくなった所を直してあげるようにすれば製薬や病気の治療法へあっという間に発展できる、と考えています。反対に最初から特定の病気の治療法を見つけるといってある現象ばかりにこだわっていても、1本の木を見ているだけで、森全体を見ていないことが多い。実は本質は別のところにあったということもあります。最近は基礎研究と臨床研究もかなり近くなってきており、共同で研究する機会が多くなってきたことは、大変良いことです。

いくつかの仮説をもとにして実験をしながら確認して脳の働きを制御する新しい概念の確立をしなくてはならないと思います。これがきちんと行われるとヒトを悩ましているような脳の病気の発症のメカニズムも明らかになり、その治療法の開発へとつなげられると考えています。
BSIは常に新しい概念を出して、大きな発見をして、世界のブレインサイエンスをリードするという気概で研究を進める責務があります。

(本インタビューは2013年12月24日に行われました)