理研BSIニュース No.28(2005年5月号)

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特集

Morgan Sheng

樹状突起スパイン ―― コミュニケーションと情報保存のための脳内小構造体

理研-MIT脳科学研究センター
ピカワー記憶・学習研究センター
樹状突起機能制御研究チーム
チームリーダー Morgan Sheng


図1:海馬の神経細胞。数百のシナプスが樹状突起スパインの上に存在する(黄色で表示)。


図2:大型の樹状突起スパイン(赤色)の近接写真。神経細胞樹状突起の幹(青色)から突き出たスパインにシナプス(緑色/白色)が作られている。


図3:2個の隣接した海馬神経細胞。ピンク色で示されているのがシナプス。各挿入図(黄色ボックス内)には、樹状突起が突き出たスパインとともに緑色で示されている。赤色のラインは、これらの樹状突起の電気的なシナプス応答を示す。小型のスパインは弱いシナプスに対応しており(左図)、大型のスパインは強いシナプスに対応している(右図)。

脳のなかでは、数百億もの神経細胞が、シナプスと呼ばれる特殊構造によって互いに接触しコミュニケーションを行っています。シナプスとは、神経系を構成する巨大な神経細胞網の結び目または接合部のことです。発生の過程全体を通じて、そして成長後でも脳は、個々のシナプスにおけるコミュニケーションの強度を変化させることで、経験に対応していきます。さらに、神経細胞間の接続の空間的パターンは、経験に対応して新しいシナプスが構築され既存のシナプスが排除されることにより、変化しています。神経系はこのようにして、長期的な情報をシナプスの構造と化学的性質の変化という形で保存しています。このような、シナプスと神経網のいわゆる『可塑性』は、脳の学習と記憶の原理であると信じられています。


脳のなかでは、数百億もの神経細胞が、シナプスと呼ばれる特殊構造によって互いに接触しコミュニケーションを行っています。シナプスとは、神経系を構成する巨大な神経細胞網の結び目または接合部のことです。発生の過程全体を通じて、そして成長後でも脳は、個々のシナプスにおけるコミュニケーションの強度を変化させることで、経験に対応していきます。さらに、神経細胞間の接続の空間的パターンは、経験に対応して新しいシナプスが構築され既存のシナプスが排除されることにより、変化しています。神経系はこのようにして、長期的な情報をシナプスの構造と化学的性質の変化という形で保存しています。このような、シナプスと神経網のいわゆる『可塑性』は、脳の学習と記憶の原理であると信じられています。


情報の処理と保存におけるシナプスの重要な役割を考えると、シナプスの構造的デザインを解明することは重要です。シナプスの分子構造を理解することができれば、シナプスはどのようにして信号機能を実行できるのか、そしてどのようにして周囲の環境に適応できるのか、ということを理解するための助けになるはずです。私たちは、神経細胞シナプスの構造とダイナミクスに対する生化学的・遺伝学的・画像的なアプローチをとることで、脳の可塑性の基本的メカニズムの解明を目指します。


私たちは最初の取り組みとして、シナプスの構成ブロック(蛋白成分)を選別することに焦点をしぼりました。私たちや他の研究チームの長年にわたる努力の結果としてシナプス蛋白のカタログが編纂されており、完成は近づいています。私たちは、1個のシナプスを構築するためには数百種類もの『構成ブロック』が必要だと考えています。これらのシナプス蛋白質は、識別はされていますが、精密な機能についてはまだほとんど知られていません。次の段階では、これらの分子成分がシナプスの信号機能と可塑性において果たしている機能的な役割は何か、そしてそれらが動物の行動にとってどのように重要であるか、を解読することになります。私たちは、シナプスの構造と機能をより良く理解することにより、人間のアルツハイマー病などの神経疾患、また精神疾患などの緩和に役立つ可能性のある薬品や治療法を発見したいと思っています。


私たちの研究チームが現在注目している対象の一つに、『樹状突起スパイン』というシナプスの特殊構造があります。樹状突起スパインとは神経細胞の樹状突起から突き出ている小区画であり、脳のほとんどの興奮性シナプスの入力を『受信』しています。樹状突起スパインは脳の正常な成熟課程を通じて成長し、精神遅滞や認知障害など、人間の多くの神経病では失われたり異常に変形したりします。また、樹状突起スパインは可動性を備えており、動物の経験や脳の電気的通信に応じて数や形状が変化します。例えば、豊かな環境で育てられたラットは、刺激の少ない環境で生きているラットよりも多数のスパインを持っています。また、シナプスの刺激によって新しいスパインが生産されることもあります。このため、樹状突起スパインはシナプスの決定的な構造であると信じられています。樹状突起スパインの数、寸法、形状の調節は、シナプスの可塑性および学習と記憶にとって極めて重要である、ということは広く認められています。


私たちの目標は、樹状突起スパインの成長と形態を制御している分子メカニズムを理解することにあります。樹状突起スパインの形成、寸法/形態とダイナミックな運動性を調整している遺伝子や蛋白質については、現在のところほとんど知られていません。さらに、脳の情報処理や生体内の認知機能(例えば学習と記憶)におけるスパインの実際の役割も立証されてはいません。私たちは樹状突起スパインの具体的な蛋白成分を識別することで、スパインの形成と成長の基礎にある分子メカニズムに踏み込んだところです。


私たちは樹状突起スパインの成長を促進する蛋白(例えばシャンク、コータクチン、SPAR)、および樹状突起スパインの破壊を引き起こす蛋白(例えばラップ、ホーマー1a、SNK蛋白キナーゼ)を判別しました。脳内ではこれらの蛋白のレベルや活動も調節されているので、私たちとしては、これらの蛋白は、樹状突起スパインの正常な発達過程と可塑性にとって何らかの役割を担っていると考えています。


私たちの研究の具体的な例として、スパイン調節蛋白(『シャンク』と呼ばれています)の研究があります。私たちは、シナプス内に高濃度で存在する大型の蛋白、シャンクを発見しました。シャンクは他の多くのシナプス蛋白と結合して複合体を構成しているので、私たちはこれを『足場』蛋白と呼んでいます。培養中の神経細胞においてシャンクのレベルを上昇させると、樹状突起スパインはより大きく成長し、シナプス強度もより大きくなります。培養中の神経細胞でシャンクのレベルが抑制されると、樹状突起スパインは失われ、シナプス強度は低下します。マウスやラットでは通常、シャンクのレベルは誕生時には低く、誕生後最初の数週間に脳が発達する期間に増大しますが、これはスパインの生成と成長の期間と一致しています。私たちは、シャンクは樹状突起スパインおよび結合したシナプスの形態学的機能的な成熟を促進していると考えています。


生体内でシャンク欠損が発生すると、何が起きるのでしょうか。この質問に答えるため、私たちはシャンクをエンコードする遺伝子のひとつが欠落した変異マウスを作成しました。これらの変異マウスは外見は正常ですが、脳神経細胞を組織学的に検査すると、これまでの培養実験でも予測されたように、シナプスと樹状突起スパインは小さいことが分かりました。しかし、行動テストでは予測していなかったことが発見されました。シャンク欠損マウスの学習は正常なマウスよりも速いようなのです。これは、正常な動物よりも学習性能の優れた変異マウス、という稀な例のひとつです。したがって、遺伝学用語で形式的には、シャンクは学習抑制因子といえるようです。


脳の可塑性および学習と記憶に関する興味深い側面として、これらは年齢とともに低下するということがあります。若い動物(人間も含む)は、成熟した動物よりもより迅速に学習が行えます。例えば、子供は外国語や新しい運動能力などを大人より早く、より完璧に学習することができます。この脳の可塑性の発達による変化は、どのように説明できるでしょうか。私たちは、脳と脳シナプスの構成は成熟の課程で何らかの形で変化していると考えています。誕生後、脳の発達とともに増大するシャンク蛋白がおそらく脳の成熟に付随して起こる可塑性や適応性の低下の一因となっていると思われます。



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