理研BSIニュース No.29(2005年8月号)

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BSIでの研究成果

方位マップ形成における生得的要因と環境的要因

視覚神経回路モデル研究チーム


サルやネコのような哺乳類の大脳皮質視覚野には、物体像の輪郭線のような方位刺激に対して選択的に応答する神経細胞が規則的に並び、方位マップを形成しています。発達期における方位マップの形成機序は、過去30年余り議論されてきた問題です。内在性のメカニズムが方位マップの形成に重要であるという説と、視覚経験が方位マップ形成のドライビングフォースであるという説があり、未だ決着が付いていません。


図1:さまざまな環境効果を想定した自己組織化モデルから得られた方位マップ。(1)均一に方位刺激を提示した場合、(2)視覚刺激を提示せず自発的活動のみを仮定した場合、(3)一方位の刺激を提示した場合、(4)自発的活動を仮定し一方位の刺激を提示した場合のそれぞれに対するa)最適方位のマップ(色は最適反応方位を表す)、b)方位のポーラーマップ(色は最適反応方位を、明るさは反応選択性を表す)、c)方位ヒストグラム(最適方位の分布関数)、d)方位マップに関するパワースペクトル。


図2:異なる視体験をしたネコにおいて内因性光学計測法によって得られた18野の方位マップ。(1)正常視覚環境で育てられたネコ、(2)暗室飼育をしたネコ、(3)シリンダーレンズメガネによって鉛直方位刺激のみを与えて育てられたネコ、(4)同様のメガネを用いて水平方位のみを与えて育てられたネコ、(5)1日平均2時間だけ鉛直方位刺激のメガネを掛け、それ以外の時間は暗室飼育したネコについて、得られたa)方位のポーラーマップ、b)方位ヒストグラム、c)方位マップに関するパワースペクトル。スケールバーは2mmを示す。

本研究は、こうした方位マップの形成に視体験がどれほど影響するのかを解明するために、まず神経活動に依存する自己組織化モデルを用いて次のような条件でシミュレーションを行いました。(1)均一に方位刺激を提示した場合、(2)視覚刺激を提示せず自発的活動のみを仮定した場合、(3)一方位の刺激を提示した場合、(4)自発的活動を仮定し一方位の刺激を提示した場合。これらの条件は、それぞれ、正常視覚環境での飼育、暗室飼育、方位制限下での飼育、暗室飼育と方位制限下での飼育を交互に繰り返した場合に対応します。図1に示す方位マップ、方位のポーラーマップ、方位ヒストグラム、パワースペクトルがそれぞれの条件において得られました。シミュレーションから予測されることは、暗室飼育をしても方位マップは形成されますが、反応選択性は低いこと、方位制限をすることによって経験した方位が極端に過剰表現されること、暗室飼育と組み合わせることによって過剰表現は抑えられることが挙げられます。次に、この理論的予測を実験的に検証するために、(1)正常視覚環境で育てられたネコ、(2)暗室飼育をしたネコ、(3)我々が開発した慢性的装着が可能なシリンダーレンズメガネによって鉛直方位刺激のみを与えて育てられたネコ、(4)同様のメガネを用いて水平方位のみを与えて育てられたネコ、(5)1日平均2時間だけ鉛直方位刺激のメガネを掛け、それ以外の時間は暗室飼育したネコについて、光学計測法により視覚野の内因性シグナルを計測しました。その結果得られた方位のポーラマップ、方位ヒストグラム、パワースペクトルは、図2に示す通りです。これらの結果は、すべて理論的予測の妥当性を示すものです。


これまでの実験では、縞模様が描かれたシリンダーの部屋にネコを放置したり、実験中に外れる可能性のあるマスク型のメガネを用いたりして、視体験に方位制限を与えてきました。我々は、頭蓋骨に固定したホルダーにシリンダーレンズのメガネを装着するという方法を用いて、慢性的に完全な方位制限を与えることによって、極端な過剰表現を得ることができました。本研究から、方位選択性は視体験がなくても外側膝状体における自発的神経活動によって形成可能ですが、臨界期における視体験によって方位マップの極端な再編が可能であることを明らかにしました。


Shigeru Tanaka, Masanobu Miyashita and Jérôme Ribot: Neural Networks Volume 17, 1037-1389 (2004)


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