背景
図B:テスト課題(上)とイメージ課題(下)。
図C:上は新しい刺激セットをテスト課題に導入したときの1日目の正答率。第二の刺激への応答を第一刺激から第二刺激への回転角度ごとにまとめた。下は、まずイメージ課題により新しい刺激セットのそれぞれの像を十分に提示した後に、テスト課題に導入したときの正答率。
物体が回転するか観察角度が変わると物体の像が変わります。ひとつの角度からしか見たことのない物体を、別の角度でよく似た他の物体から識別することはできません。回転する物体を何度か眺めるうちに、その物体を観察角度によらずに認識できるようになります。
従来は「物体の回転の中で、異なる投影像を連続的に見ることで、異なる投影像の表現が脳内で連合され、どの角度からも認識できるようになる」と考えられてきました。私たちはこの従来説に疑問を持ち、物体の回転の経験から切り離して、物体の異なる投影像のそれぞれを独自に見慣れる経験をサルに与え、観察角度によらずにその物体を認識する能力を調べました。
研究手法と成果
ひとつの実験には、4個の良く似た物体から構成される刺激セットを用いました。図Aは刺激セットの一例を示します。2頭のサルに物体変化を検出して反応する課題(テスト課題、図B上)を訓練しました。ひとつの試行の中では物体像を1~5個経時的に提示しました。刺激の提示時間と間隔はともに0.5秒でした。まず最初の物体(物体1)の異なる観察角度像を1ないし4個提示し、次に異なる物体(物体2)の像を提示しました。物体2の像を提示したときにサルがレバースイッチを離したら正解で、報酬としてジュースを与えました。テスト課題ではこのように、前の刺激から今の刺激への変化が観察角度像だけの変化であるか、それとも物体変化を含んだ変化であるかを判断させることによって、角度によらない物体認識の能力を測定しました。
サルにテスト課題を十分に訓練した後で、新しい刺激セットを導入したときの成績を調べました。第一のテストでは新しい刺激セットをいきなり導入したときの成績を調べました。物体変化は2回目の刺激以降、同じ確率で起こりましたが、前の刺激から今の刺激への観察角度変化(回転角度)が特定できる2回目の刺激に絞って成績を解析しました。反応はレバーを離すか押し続けるかの二者択一であったので、チャンスレベルは0.5です。図C上は最初の1日の平均正答率を回転角度の大きさごとに示します。いずれの回転角度でもサルの反応はチャンスレベルとほとんど変わりませんでした。
第二のテストでは、まず準備課題の中で新しい刺激セットを構成する16個の像のそれぞれをサルに十分に経験させ、次にその刺激セットをテスト課題に導入して成績を調べました。準備に用いた課題(イメージ課題、図B下)はテスト課題とよく似ていますが、ひとつの試行の中では観察角度が変わらない点でテスト課題と異なります。そのため、ひとつの試行の中では同じ物体の異なる観察角度像の組み合わせを学習する機会はありませんでした。イメージ課題での準備には 4週間をかけました。
図C下に第二のテストの結果を示します。回転角度が30度の場合は80%ないし85%の正答率で、60度の場合は70%ないし75%の正答率でした。いずれもチャンスレベルより有意に高い成績でした。回転が90度の場合はほとんどチャンスレベルと同じでした。
これらの結果は、イメージ課題の中でそれぞれの像を独立に「見慣れ」さえすれば、異なる観察角度像の間の対応を学習する特別な経験がなくても、60度までの観察角度の変化の範囲では角度によらない認識が自然に成立することを示しています。
今後の期待
従来説を覆す今回の結果は、「新しい物体像の表現は、観察角度の変化によって変化しにくい図形特徴を使って構成される」と仮定すれば説明できます。視覚系のひとつの目的は観察条件によらない物体の認識にあるので、観察角度の変化によって変化しにくい図形特徴を使って物体像を表現するように進化の過程あるいは生後発達の過程で学習したのでしょう。