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RIKEN BRAIN SCIENCE INSTITUTE (理研BSI)

センター長インタビュー by Elsevier

 

2014年11月17日

ELSEVIER
利根川進 理化学研究所 脳科学総合研究センター長

利根川進博士は、理化学研究所脳科学総合研究センター長、理研MIT神経回路遺伝学研究センター長、MIT生物・神経科学のピカワ学習・記憶センター教授で、1987年にノーベル生理学・医学賞を受賞しています。

ヒトの脳研究における最大の意義、挑戦はどこにあるとお考えですか。
神経科学はまだ歴史が浅く、脳、特にヒトの脳がどのように機能しているかについては、まだほとんどわかっていません。現在は、さまざまなモデル動物の脳を調べている段階にあり、動物における脳の基本法則を見つけることで、ヒトの脳の理解への手がかりを得ようとしています。おそらく、動物モデルで明らかになる基本法則はヒトの脳にも当てはめることができると私はみています。

しかしヒトの脳のはたらきを理解するには、モデル動物で解明される脳の基本プロセスが、ヒトの認識や行動へどう結びつくかを理解しなければなりません。意識、創造力、数学、言語といった我われ人間だけがもつ能力を解明する必要があります。これらの能力の基盤となるプロセスを理解してはじめてヒトの脳を理解できるのです。現代科学の最大の挑戦といえるでしょう。

基礎生物医学における数々の発見と並行して、めざましく発展している技術についてどう思われますか。先端技術は脳科学にどのように応用されていくのでしょうか。
現在の脳科学は、複雑な脳ネットワーク内に存在する特定の回路の機能を、ようやく理解し始めた段階にあります。しかし、現在モデル動物を用いて行われているような「あるニューロンが発火したときの行動を観察する」というレベルの研究を超えなければ、到底ヒトの脳の解明には至りません。分子生物学や細胞生物学によって、感情、認知、行動などの生理現象を説明できるレベルに到達しなければなりません。

MRIをはじめとする現在のイメージング技術は、神経回路の構造や経路と脳機能をリンクさせる程度の解像度であり、今がまさに革新的な脳イメージング技術を生み出す時機にあると私は考えます。ヒトの脳内にある個々のニューロンの活動を計測できるような脳イメージング技術が開発されれば、それらの神経活動がどのように認知や行動につながるのか解明できるはずです。こうした先進技術は、新たな脳の謎を解き明かすだけでなく、これまで解決できなかった数々の疑問に、より具体的で精密な方法で再び光を当てることができるでしょう。

米国のBRAINイニシアチブに代表される最近の大型脳研究プロジェクトは脳科学全体にどのような影響を与えるのでしょうか。それぞれの研究室における研究の進め方や、共同研究に関する考え方、解明すべき課題などは変化するのでしょうか。
私はBRAINイニシアチブを強く支持しています。このプロジェクトがヒトの脳の機能地図作成に向けた特別な研究資金によって支えられているからだけではなく、具体的にどのような研究を行うべきかの決定権が、研究者にゆだねられているからです。BRAINイニシアチブは脳科学を第一線で牽引してきた研究者たちが、その立案の段階から積極的に関わってきました。研究者たちは、研究対象とすべき領域、現時点で適応できる手法や技術、プロジェクト全体の目標などについて、ワークショップなどの場で議論を重ねてきたのです。

日本では社会の役に立つ科学をすべきである、という政治的圧力が強く働いています。たとえばアルツハイマー病の新薬開発に関する研究は受け入れられやすい。しかし、まず健康な脳がどのように働いているかを理解した上で、アルツハイマー病のような神経疾患脳で起きている問題を理解しなければ、新薬の開発にはつながりません。理研BSIセンター長として、私は脳科学における基礎科学の重要性をずっと説いてきましたが、こういった応用重視の圧力を無視するわけではありません。

神経・精神疾患の治療法はまちがいなく進歩すると私はみています。しかし研究計画でしばしば説明されているような短いタイムスケールでは達成できないでしょう。

社会問題や倫理問題は、脳研究の進むべき道や将来の応用にどう影響するでしょうか。
新しい技術の発展には、それが誤用される危険性もついて回ります。われわれ科学者は、自分たちの成果がどういう結果につながる可能性があるのか、もっと高い意識を持たなければなりません。私たちが新たに開発する技術がもたらす利益と、それが誤用される可能性について、政治家や議員はもちろん、一般の人々とも対話を積極的に進める必要があります。

ヒトの脳研究から生みだされる技術は、様々な分野からの関心を集めています。科学者が脳機能の研究のために開発した技術でも、医療関係者は、疾患治療への応用を望むかもしれません。ほかにも人間の認知操作に利用できるかを考える方々がいるかもしれません。

科学者として、私たちは研究成果がどう応用されるかについて敏感になり、倫理の一線を越えないようにしなければなりません。

最近の脳科学の成果で社会への貢献が期待できるものはありますか。
回復させるべき脳の領域にターゲットを絞った精神・神経疾患の治療法を可能にする二つの研究領域があります。幹細胞移植と脳深部刺激です。とりわけ脳深部刺激による治療法を確立するためには、まず特定の脳疾患にかかわる脳の領域や神経回路がどこなのか、モデル動物を用いて詳細に調べることが必要でしょう。それによって実際の患者において、対応する脳領域に狙いを定めることが可能になります。これに加えて、できるだけ生体を傷つけない非侵襲的な治療法を開発することが求められています。このためには神経科学者、技術者や物理学者による異分野間の協力が欠かせませんが、近年の脳科学の進歩を考慮すれば、今から20~30年のうちに非侵襲的で特定の脳領域だけをターゲットにする治療法が実現するでしょう。

ここ最近における、日本での脳研究分野発展に関係する最も重要な要素は何でしょうか。
日本は研究室主催者(PI)に海外からの人材を迎え、国際化に努めています。たとえば理研BSIでは世界のトップの研究者を積極的にリクルートしてきました。BSIはPIがよりリスクの高い研究にも取り組めるよう、PI自身が獲得する外部競争的資金以外に資金を提供しています。最近の厳しい研究資金状況においては、大きな魅力となっているのではないかと思います。

これまでの5年間、BSIではセンター内での連携協力を推進してきました。日本の大学ではいまだに学部や学科の壁が、学際的な脳研究の推進を阻む壁になっています。日本が世界の脳研究の先頭に立とうとするなら変革が必要です。

今回エルゼビアがまとめた報告書では、どんな点に関心をもたれましたか。また脳科学の将来に影響するような点はありましたか。
国や分野を越えた研究者の移動と研究成果の関係についての調査にとても興味をもちました。理研BSIのセンター長として、どうしたら優れたPIを海外から日本に呼べるか、絶えず腐心しています。国際舞台における論文成果競争で日本がより大きな存在感を示すことを願っているからです。少しずつ時間をかけて変化してきた日本のこれから来る10年、20年を楽しみにしています。

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