RIKEN's New Research Center for Brain Science: 脳神経科学研究センター(理研CBS)ウェブサイト

RIKEN BRAIN SCIENCE INSTITUTE (理研BSI)

分子精神科学研究チーム 前川 素子 研究員 第6回日本統合失調症学会学術賞を受賞

2015年11月24日

2015年3月、各年1名に贈られる日本統合失調症学会学術賞をBSI分子精神学研究チームの前川素子研究員が受賞されました。

学会賞表彰状とともにワークスペースにて

学会賞表彰状とともにワークスペースにて

全員の協力を得ての受賞

今回、受賞の対象になった論文は、検体採取にご協力頂いた方々・外部の医療機関・私が所属する研究室のほぼ全員が協力して作り上げたものになります。その成果に対して、統合失調症に関する医学・医療関係者が多く所属する日本統合失調症学会から賞を頂けたことは、「精神疾患の原因究明と治療法開発」を目指す私たち全員にとって大変光栄なことだと思います。また、個人的なことになりますが、私は今年の初めに出産したのですが、仕事復帰と同時にこの賞を頂けたことは、子育てをしながら仕事を続けていく上でとても励みになりました。

アイディア着想から論文をまとめるまで

今回の研究は、「脳と皮膚(毛髪を含む)は発生学的に同じ外胚葉由来である」ということに着想を得ています。一番初めにこの話が出たのは、2010年の終わりか2011年はじめ頃、所属研究室の吉川チームリーダーとの世間話の中だったと思います。その後、いくつかの予備的検討を行い、最終的に「健常者と精神疾患の方から毛根細胞を採取して遺伝子発現解析を行う」と決断するまでに約1年かかりました。そして、実際に約250名の研究参加者の方から毛根を採取する(居住地域が異なるいくつかのグループから採取しました)のに約1年半を要しました。理研には附属病院などはありませんので検査にご協力いただける方々を集めることは簡単ではなく、その際には外部の大学や医療機関に多大なご協力を受けることでその困難を乗り越えることができました。その後解析作業を進め論文を作成し、雑誌に受理されるまでにさらに約1年かかったので、着想から論文受理まで、全部で3年半ほどかかりました。

毛根細胞が脳内を映し出す
さまざまな背景から、精神疾患の患者様の脳では何らかの変調が生じていると予測されています。しかし、現在の技術では存命中の方の脳についてCT・MRI・PETなどに代表される画像による解析、あるいは脳波などの解析は可能でも、実際に脳組織を取り出してどのような異常があるのか分子レベルで詳しく調べることは不可能です。そこで今回は、脳に代わる組織として、脳の細胞と同じ外胚葉由来であり存命中の方からも容易に採取できる毛髪(厳密には頭皮の毛根細胞)に着目しました。我々はまず予備的な検討を行い、脳だけで発現していると考えられていた遺伝子の多くが、毛根細胞でも発現していることを見いだしました。このことは、毛根細胞が脳内の遺伝子発現の状態あるいは脳内の何らかの状態を反映している可能性があることを示しています。そこで、健常者と精神疾患の患者様(今回は統合失調症と自閉症を対象としました)から採取した毛根細胞を用いて、遺伝子の発現量を指標とした精神疾患のバイオマーカー探索を行うことにしました。
疾患の顕在的な発症性を予測したり、治療への反応性などを客観的に測定・評価するための指標となる、生体から得られる情報や物質のこと

精神疾患早期診断にはバイオマーカーが必須
統合失調症は、生涯罹患率が人口の約1%と高く、国内の総患者数は71万3000人と推定されています(2011年厚生労働省の統計)。統合失調症は完治しにくい疾患ですが、早期発見して早期治療すれば比較的予後が良好になることが知られています。そのため、精神疾患の早期発見につながるバイオマーカーの確立が急がれています(いまのところ臨床的に応用されているバイオマーカーはありません)。また、自閉症のお子さんはコミュニケーションに支障を持つ方が多いのですが、早期診断によって、より早くから社会的機能を身につけるトレーニングを行うほど、コミュニケーションの改善度が高いとされているため、自閉症の早期発見はその後の社会適応に極めて重要です。それとは別に、有効なバイオマーカーはその疾患の発症原因などにも関連する可能性があり、これらの精神疾患の原因解明と根本的な治療法の開発を目指す手がかりにもなり得ます。

精神疾患の治療薬を開発したい
私が所属する研究室では、統合失調症や自閉症などを対象に、その原因究明と治療法開発を目的として研究を進めています。私自身は、「脳発達期の微細な神経発達障害が、将来的に統合失調症の脆弱性基盤を形成する」という神経発達障害仮説に興味を持ち、脳発達の侵襲となる環境要因の一つとして低栄養(特に「脂質」)に着目しています。具体的には、「脂質」が発達期の脳のエピジェネティク変化と成長後の精神疾患関連行動に与える影響を検討しています。将来的には、これらの研究を通じて、精神疾患の根本的な治療薬の開発につながるような研究がしたいと考えています。

臨床医から基礎研究へのシフト
高校時代、大学時代は、臨床医になろうと考えていました。そこで、大学では医学部に入学し医学を学びました。しかし、どちらかというと自分で色々考えたり調べたりすることが好きだったことから、大学時代に基礎研究(特に脳の発生や脳の機能について)に興味を持ちました。大学6年生の時に、基礎の研究室に配属して頂く機会があり(その期間、他の同級生たちは臨床の教室に配属されました)、その時に実際に基礎研究の面白さに触れて、そのまま大学院に進学することにしました。

理研BSIで研究をする魅力
現所属研究室の吉川チームリーダーの研究に、共同研究者の一人として参加させて頂いたことがBSIに来ることになった直接のきっかけです。それまでは、脳の発生や発達に関する研究を行っていたのですが、元々は臨床医になろうと思っていたこともあり精神疾患にも興味がありました。そこで、それまでの経験を基盤にさらに精神疾患に研究の幅を広げられればと考え、自分で志願して吉川チームの研究に参加させて頂くことになりました。BSIに来て感じたのは、チーム同士の横の連絡が取りやすいということです。同じ敷地内に様々な分野の専門家がいるため、聞きたいことをすぐに直接聞くことが出来ます。また、レベルの高い研究を行っているチームがそろっているため、お互いに得意な分野の研究を行い、成果を共有して質の高い論文を作成することが出来るのもBSIの特徴だと思います。また、リサーチリソースセンターには、優秀なスタッフと様々な共有機器が揃っており、研究の基盤を支える体制が充実しているのも魅力です。

研究室の仲間たちと

研究室の仲間たちと