理化学研究所脳科学総合研究センター(理研BSI)理研BSIニュース No.1(1998年8月号)



脳科学の新しいモデルを求めて

ニューロン機能研究グループ 神経回路発達研究チーム
チームリーダー 
ヘンシュ 貴雄 



 発達中の神経系内部の「活動」は、生命の初期段階では、一生にとってきわめてユニークな総合的調和を形成していきます。
幼年時代に多文化的環境におかれた脳は、多数の言語での会話が行えるようになります。不十分な刺激しか与えられなかった心は永遠に閉ざされてしまいます。隔離状態の中で育てられた動物は、社会的に適応できないか、あるいは未成熟なままに留まります。一方、豊かな経験は豊かな脳を形成します。歩み始めたばかりのこの脳科学総合研究センター(BSI)についても同じことが言えるでしょう。

 脳は完成するはるか前から働きを開始し、必要なことについての最も的確な推測をする回路を発達させていきます。BSIは現在この発展段階にあり、研究棟が急速に建設され、研究室の準備が整い、新しいチームが編成されています。伊藤所長と運営会議の洞察力ある知恵のもと、私たちはちょうど生来の個体発生経過をたどっている新生児の脳のようなものです。これは何という壮観な舞台なのでしょう。そして今、この青写真を描き、それを漸進的に発展させていくためには、あふれる程の知覚経験を通して培われた能力を持つBSIの住人たちの「活動」が重要な鍵となっているのです。

 研究所の成否は、部分的には物質的ハードウェアに、多くは「ソフトウェア」の内容によって決まります。クリエイティブな議論と斬新な協力から生まれる新しいアイデアと革新が、BSIの心と魂とを決定付けます。この目的のためには、インタラクションの促進と新鮮な物の見方に触れる機会が必要です。ハーバードでのティータイムや、UCSFでの学生と教授間のジャーナルクラブ後のビールは、この目的に貢献してきました。また、BSIでも毎年行われるRetreat(リトリート)、招待セミナーシリーズ(Invited Seminar Series)、昼食後のジャーナルクラブ、サマースクールで、同じ効果が発揮されることを願っています。

 私たちは研究室間で有益に分かち合えるような、研究者にフレンドリーなアイソトープ、動物飼育や先端技術の中核施設を確立するよう努めていく必要があります。このすべてが成功するためには、脳の発達に関するもう一つの意味合いを喚起しなければなりません。それは、乳幼児の世話を他人に任せきりにすべきでない、ということです。つまり、BSIの研究者たちは、自分たちのBSIを委員会や事務組織などに任せるというより、むしろ自分たちの手で成長しつつあるこの共同体をはぐくみ導いていくことが大切なのです。

 豊富な結合が発達しつつある脳に、優れた柔軟性と弾力を与えるのは、人生の最初の3年間のみです。子供の精神が偉大な科学的能力と結び付くか、怠惰な一生に結び付くかは、このきわめて重要な人生の初期段階での経験の繰り返しによって刻み込まれたパターンにかかっています。多くの大人たちは新しい言葉を学ぼうとしますが、それには大変な努力が必要です。BSIの有望な将来のために、大学の伝統的なヒエラルキーに慣れきった人々は、今こそ横方向のコミュニケーションという新しい「言葉」を学ぶべきです。私たちは共通の議論の場を得るため、それぞれの研究室の間にもし壁があれば、それを取り除かなければなりません。そしてポスドク同士の自由な対話を奨励したいものです。
またその一方では、BSIは外国人が日本で生活し研究するためにより魅力的な場所に変身しつつあります。あと数年もすれば私たちの発達にとって最も重要な期間は終了します。最初の試験的な段階を歩むに当たり、私たちは世界の研究コミュニティが私たちに刺激を与えてくれることを期待しています。

 携帯電話よりもメロンが高価な国で、理研BSIは優先すべきものを正しく見極めるための新鮮なチャンスの場となっています。ユニークな日本版の長期研究投資が脳・神経科学に注がれ、世界でも前例のない研究機会が提供されています。フロンティア研究プログラムという遺伝子に組み込まれた大きな可能性を実現するためには、私たちが活動を基本とした発達を遂げ、20年の将来に向けて、生産性の高い研究が行える適切な条件を確立していかなければなりません。それを成就した時こそ、私たちは脳を知り、守り、創ることへの探求に対して継続的な貢献ができることになるのです。

神経回路発達研究チームのメンバー
神経回路発達研究チームのメンバー


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