理化学研究所脳科学総合研究センター(理研BSI) 理研BSIニュース No.10(2000年12月号



一緒に無駄話をしようよ

病因遺伝子研究グループ
上級研究員
元山 純


 私は脳の発生を研究しています。発生の研究は歴史の研究に似ています。発生過程では一つの受精卵が何回もの細胞分裂を繰り返し、少しづつ大きくなり、そして多種類の細胞の塊へと変化します。単に増えるだけでは癌と同じですが、癌と違うのは、増えてゆく細胞が適当なタイミングに多様な性質を獲得すること、さらにたくさんの細胞群が決まった時空間配置をとっていくことでしょう。よって時間の流れの中で一点として同じ状態はありません。私は変化していく形態や、多様化していく細胞群についての因果 関係を解明しようとしています。それは歴史を遡るような作業です。  そんな研究をしながら最近考えることがあります。それは自分自身の脳のことです。自分はどんな人間なのか。私が好きなこと、嫌いなこと、気になること、安心すること、イライラすること、心に響くこと、悲しくなること、怒りを感じること、幸せに思うこと、好きなそして嫌いな食べ物、音、風景など。私の脳が誕生して今までで35年間経ちました。その間に私の心は少しずつですが常に変わってきています。そんなことは当たり前だと言われるかもしれません。色々な経験をしているのだから、その間の学習し記憶したことが蓄積したからと。  では私の脳の何がどのように変わってきているのか。変化の基礎には両親から受け継いだ気質があることは当然ですが、鍵は今まで脳がたどってきた歴史の中にあるように思います。発生の研究のように自分の脳の歴史を遡り、いつのどんな経験と学習とその記憶が現在の自分自身のどんな要素を作っているのかに興味があります。最近の自分の変化なのですが、その興味は他人にも向いてきました。それまで私は他人が言ったりしたりすることにほとんど興味がありませんでした。それが最近この人はこんなにいい顔をしてるけど一体何が好きでどんな経験をしてきたんだろうとか考えたり、いろいろ質問したりします。仕事の話をしている時も、この人は何でこのことを、どうしてこの方法で研究するんだろうかとか。だから質問をたくさんします。実に人間は面 白い!  このように自分が変わってきた理由は留学生活にあるのかも知れません。あの時自分の周りにいた人たちは、老若男女をとわずとにかく爆発していました。みんな一人ひとりがそれぞれの色のエネルギーを放出している感じでした。一人として同じ色は無いのです。それも無理して出しているわけではなく、それぞれが「ありのままでいる」という感じだったのです。ビールを飲みながら実験しながらたくさんの無駄 話をしました。留学中つたない英語でほとんど無駄話をしていたといっても過言ではありません(笑)。なんでもありでした。人間を改造してもっと性能を向上させるにはどうすればいいかとか、小型人間にすれば食糧、エネルギー難は解決するとか、クローンでボデイを作って脳移植をして永遠の命を売るビジネスをやろうとか、下らないことがほとんどです。一人ひとりみんな違う脳を持っていることを実感しました。すなわち見い出したのは多様性だったかもしれません。  考え方が違うことは実に素敵で楽しいことです。多様なことは素晴らしい。今でもそう思います。日本の人々は個性的でも、それを積極的に表現するひとは多くありません。だから私はその人についていろんなことを掘り起こすようにたくさんのことを尋ねます。最近ではラボで一緒に働いている人たちから「面 接官」とか呼ばれて閉口していますが(笑)。さあ、無駄話はもうおしまいです。どんな雑誌にも載っていないような面 白い仕事をしましょう。サイエンスは私たち自身が楽しむためにあると信じています。これからも自分の脳は変わっていくのだろうという予感があります。楽しめばきっと私たちの脳はハッピーに違いありません。

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