理化学研究所脳科学総合研究センター(理研BSI) 理研BSIニュース No.15(2002年3月号)



  「う〜ん、いい匂い!」

シナプス分子機構研究チーム
チームリーダー
吉原良浩


前列左側が筆者

 初夏の若葉のfreshな香り、秋のキンモクセイのsweetな香り、目覚めのコーヒーのvividな香り、焼肉屋の前を通りかかったときのwildな匂い……。私たちは毎日、無意識のうちに嗅覚神経系を稼働させることによって、さまざまな匂いを楽しんでいる。そして私たちシナプス分子機構研究チームのメンバーは毎日、意識的に頭と身体をフル稼働させることによって、嗅覚神経系についての研究を楽しんでいる。本稿では嗅覚と生物の関係について、徒然なるままに……。

〜ヒトもゾウリムシもよく似たもの〜
 嗅覚と味覚をあわせて化学受容の感覚という。外界から鼻あるいは口に入った多種多様な化学物質を受容し、知覚し、私たちは行動を起こす。ゾウリムシも同じである。彼らは目が見えない、音が聞こえない、しかし匂いは嗅げるのである。すなわち自分の生存に必要な物体(例えば食物)が発する化学物質を受容して、「おいしそー、好き好き」と言いながら(?)そちらの方向へと動く。逆に自分にとって危険な物体が発する化学物質に対しては、「こんなんいやや〜、嫌い嫌い」といいながら(??)逃げる。私と似ている。このように化学受容は進化的に最も古い感覚である。
〜ハエはマウスの10分の1〜
 私が子供の頃の夏休み、昼頃になるとまるで待ち構えていたかのようにきまってハエが出没し、昼食を狙って飛んできたものであった。そう、ハエの嗅覚はすごいのである。ハエといえば遺伝学、それもforward genetics!つまり変異体探しから原因遺伝子解明へと進む遺伝学の王道を行くモデル生物である。匂いを記憶できないような変異体も数多く見つかり、嗅覚記憶の遺伝子カスケードがどんどん解明された。また最近、ハエが受容した匂い物質をどんな神経回路で脳へ伝えてその情報処理をするのかという研究が報告された。驚くべきことにそのメカニズムは、私たち哺乳類とほとんど同じであった。神経細胞間の配線様式の基本原理はまったく同じで、ハエの匂い分子受容体の数や嗅球中の糸球の数は、マウスのそれを約10分の1に小さくしたものであった。つまり嗅覚研究のモデル動物としても最適。ハエの研究って大切ですね、三浦先生。

〜匂いを嗅げないマウスの運命は?〜
 マウスといえばreverse genetics!その代表はノックアウトマウス。ある特定の遺伝子を欠損させたマウスを発生工学的に作り、その表現型の解析から遺伝子の機能を推定する。嗅覚研究においてもマウスは大活躍している。例えば、嗅細胞において匂い分子の情報を電気信号に変換する際に重要なはたらきをする酵素(adenylyl cyclase III)のノックアウトマウスが作られた。しかし、これらのマウスは生まれるとすぐに死んでしまった。死因は餓死。おなかにミルクが入っていない。つまり匂いが嗅げないために、お母さんのおっぱいがどこにあるのかわからず、このような可哀想な結末を迎えたのであった。嗅覚異常はマウスにとって死活問題である。やっぱりマウスの研究も重要ですね、糸原先生。

〜研究者にとっての嗅覚〜
 最後に真面目なお話を一席(今までは不真面目か?)。研究者は鋭い嗅覚を身につけなければならない(といっても調香師になろうというわけではありません)。北米神経科学会の膨大な数の玉石混交のポスター発表の中から、本当に重要なもの、自分の研究に必要なものを正しく選び出すためのcriticalな嗅覚。日々の研究でしばしば遭遇する一見奇異な実験結果の中から「お宝データ」を見逃さず、大発見につなげるためのserendipitousな嗅覚。皆さん、ご自身の嗅覚にいっそう磨きをかけて研究に望みましょう!そういう私は花粉症で、ハックショ〜〜〜ン!!!


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