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図A 大脳皮質の錐体細胞の免疫染色像。細胞体から一本の垂直方向の頂上樹状突起と多数の水平方向の基底樹状突起が伸びている。
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図B 小脳皮質のプルキンエ細胞。細胞体から扇状に伸びる樹状突起が多数枝分かれして密林の様相を呈している。
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神経組織構成要素
―ニューロンとグリア
第一の主要課題「神経組織構成要素の選択的可視化」では、レーザー走査顕微鏡などによる光学顕微鏡的な観察技術を用います。
脳の組織は大きく分けて二種類の細胞群、神経細胞(ニューロン )と神経膠細胞(グリア)から構成されています。ニューロンは複雑な回路網を作って神経情報の処理に携わり、グリアはニューロンのはたらきを支える役割を果たしています。脳にはこれらの細胞が緻密に、そして一定の秩序を保って配置されています。言うまでもなく、脳の設計図を完成させるためには、それらがどこに配置され、どのように神経回路構成に与っているのかをよく知る必要があります。
複雑な脳の内部構造を顕微鏡で観察するためには、目的に合わせて適切な標本を作成しなければなりません。通常、薄い切片標本を作り、組織中の構成要素を抽出するために組織染色を施して、顕微鏡観察に供します。私たちがよく使う標本作成方法のひとつが、免疫組織化学法と呼ばれるものです。これは抗原抗体反応を利用して、細胞に特異的な蛋白分子などを可視化し、脳の特定の細胞種を検出する方法です。この方法に細胞内注入標識法などを組み合わせながら、神経回路がどんな種類の細胞によっていかに組み立てられているのか、その基本的な構成のしかたを明らかにしていこうと思っています。
ニューロンは細胞体から、樹状突起と軸索突起と呼ばれる突起を伸ばしていて、からだの他の器官の細胞とはまるで異なる形態的特徴を示します。突起の伸ばし方は、その種類によってさまざまです。私たちは脳内では主として大脳皮質、小脳皮質、上丘など層をなす構造を顕微鏡的な形態解析の対象としています。局所の神経回路において層構造がどのような意味を持つのかに興味があるからです。いくつか実際の染色例を示します。例えば、神経細管の蛋白を指標にして大脳皮質の錐体細胞を免疫組織化学法で染め出すと、この細胞が長い頂上樹状突起を表層に向かって伸ばすとともに、細胞体の近傍では基底樹状突起を四方に伸ばしているのを観察することができます(図A)。また、小脳皮質のプルキンエ細胞をカルシウム結合蛋白(カルビンディン)の免疫組織化学で染色すると、表層に向かって扇状に伸びる奇妙な形状の樹状突起が現れてきます(図B)。樹状突起は神経細胞どうしの情報伝達の場、つまりシナプスにおいて情報を受け取る側にあたり、いわばアンテナの役割を持っています。アンテナの向かっている方向や形状の違いが、その細胞の情報収集のしかたや処理機能の違いを反映していると考えています。標本には情報を送る側としてはたらく軸索突起も含まれていますが、行き先を追求することは困難です。軸索は非常に細く、高倍率で観察しないと見えてこないのと、いくつもの細胞から伸びて複雑に絡み合っているので、こういう標本はそれを解きほぐすのには向いていないからです(受け手に連絡している軸索を染め出すためには、トレーサー標識法を用いますが、それについては別の機会に触れることにします)。
私たちは何種類かのグリア細胞も観察の対象としています。最近、分子生物学的な研究が大きく展開するなかで、神経組織でのグリア細胞の役割が見直されてきています。そのため、グリア細胞のマーカー分子を探し出して、それに対する抗体を作り、目的のグリア細胞だけを検出して形態学的に検索することを試みています。小膠細胞の優れたマーカーであるサイモシン蛋白に対する特異抗体を作成して、発生期の脳やヒトハンチントン病脳に適用し、これらの細胞の動態を解析しています。また、小脳皮質には特異な形のバーグマングリアがありますが、この種の細胞だけに存在する蛋白分子を見つけ、モノクローン抗体を作って、バーグマングリア細胞の免疫組織化学的な解析も進めています。
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図C
細胞接着分子テレンセファリンの免疫電顕写真。この分子の黒い標識(s)がシナプス後膜肥厚部(PSD)を避けて樹状突起膜近傍にあることを示している。
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図D
金コロイド(g)で標識したカルシウムチャンネル1分子の電顕写真。直径約10nmのこの分子が4つのセクター(I〜IV)からなり、中央にカルシウムイオンの通過する小孔を形成しているのが観察される。 |
超微細構造解析
第二、第三の課題では主に電子顕微鏡による解析技術を用いています。これらのテーマに取り組むにあたっては、工学系の試料観察のために開発された原子間力顕微鏡を、神経組織へ応用することも試みています。
細胞内分子の局在を調べるために、電子顕微鏡試料に免疫染色する方法(免疫電顕)がよく用いられます。この方法による検出例を示します。ひとつは、前脳と呼ばれる領域の神経細胞に特異的に発現しているテレンセファリン分子の局在について調べたものです(図C)。テレンセファリンは細胞接着分子のひとつですが、「樹状突起に限局し、軸索突起には存在しない」という、これまで知られているものの中では異例の接着分子です。図ではこの分子を金コロイド(径10nm)で免疫標識してあります。詳しく見ると、標識はシナプス後膜肥厚部にはなくて、その周辺にあることがわかります。この分子の機能はまだ不明ですが、シナプス伝達機能に直接関与するというよりも、何か別の機能を持っている可能性が高いことを、この所見は示唆しています。もう一つの例は、カルシウムイオンチャンネル分子をフリーズフラクチャー・レプリカ標本で観察したものです(図D)。金コロイドで標識したP/Q型チャンネルです。一つの分子が4つのセクション構造を持ち、中央にカルシウムイオンが通過するための小孔を作っているのがわかります。分子モデルで推定された構造を形態的に証明できた例です。
私たちは、免疫電顕以外にも、組織内のいろいろな元素の分光分析電顕による局在解析や、走査型電顕による立体構造解析など、電子顕微鏡解析技術を駆使して、神経組織の超微細構造を調べています。
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