理化学研究所脳科学総合研究センター(理研BSI) Brain Science Institute



ストレスキナーゼ(JNK)を介したカスパーゼ依存的・
非依存的細胞死誘導の遺伝的制御機構


 細胞修復機構研究チーム
プログラム細胞死(アポトーシス)は、動物の体が作られていくさまざまな過程で見られ、神経系においては、精緻な神経回路を作るため、あらかじめたくさんの神経細胞を作っておき、その中から正確な神経回路(シナプス)形成に参加できたものを選択していく過程において機能していると考えられています。線虫やショウジョウバエではプログラム細胞死が観察されない変異体が同定され、細胞死の遺伝的制御機構の理解に大きく貢献してきました。Reaper(死神)と名付けられた、ショウジョウバエで最初に発見された細胞死誘導遺伝子は、中枢神経系における神経芽細胞数の調節に関与し、成虫では様々なストレス刺激で発現が上昇し、カスパーゼの活性化を引き起こして細胞死を誘導します。今回、ショウジョウバエを用いた遺伝学的なスクリーニングからReaperによる細胞死に関与する遺伝子として、TRAFファミリーに属する分子が同定されました。TRAFファミリーはTNF(腫瘍壊死因子)受容体の下流でシグナルを伝える分子としてほ乳類で解析がなされていました。私たちは、ショウジョウバエTRAF1(DTRAF1)がストレスキナーゼ(JNK)を活性化して細胞死を誘導すること、DTRAF1はIAP(DIAP1)によって分解が促進されること、ReaperはDIAP1の分解を促進することでDTRAF1からJNKへのストレスシグナルをONにすることを明らかにしました。JNKは様々なストレスによって活性化され、アポトーシスを誘導することが知られていました。今回、ストレスキナーゼの活性化と細胞死誘導機構の関連性が遺伝学的に明らかになったことで、個体レベルでの細胞死シグナル研究に道を開いたと考えられます。
 一方、カスパーゼによるアポトーシス研究が進んだ結果、逆にカスパーゼに依存しない細胞死経路が様々な神経変性疾患に関与することが浮かび上がってきました。私たちは東京都立大学理学研究科の相垣敏郎博士と共同で、ショウジョウバエの複眼で任意の遺伝子を過剰に発現させ、複眼の縮小(細胞死誘導によって引き起こされると考えられる)を指標に細胞死誘導遺伝子をスクリーニングしています。このスクリーニングで無脊椎動物では初めてのTNFファミリー遺伝子「Eiger(アイガー)」を同定しました。Eigerによる細胞死はカスパーゼに依存しない、しかしJNKに依存した新規シグナル経路を用いていることが明らかになりました。TNFファミリーは、さまざまな疾患に関与する多くの機能を有するタンパク質です。細胞死研究においては細胞死因子として有名で細胞死の引き金を引く分子として詳しく研究されてきました。今回、無脊椎動物であるショウジョウバエから、このファミリー分子が発見されたことによって、細胞死因子による細胞死が進化的に保存されていることが初めて示されました。Eigerは、神経系の組織で多く発現されているため、遺伝学的研究に適したショウジョウバエを用いてTNFファミリー分子の神経系での新たな生理機能や細胞死シグナルの研究が発展するものと期待されます。

Kuranaga, E., Kanuka, H., Igaki, T., Sawamoto, K., Ichijo, H., Okano, H., and Miura, M.: Reaper-mediated inhibition of DIAP1-induced Drosophila TRAF1 degradation leads to JNK activation. Nature Cell Biol. 4, 705-710, 2002
Igaki, T., Kanda, H., Yamamoto-Goto, Y., Kanuka, H., Kuranaga, E., Aigaki, T., and Miura, M.: Eiger, a TNF superfamily ligand that triggers the Drosophila JNK pathway. EMBO J. 21, 3009-3018, 2002
 
図1:Reaperがストレスキナーゼ(JNK)を活性化する仕組み

 
Eigerをショウジョウバエ複眼で過剰発現させると、野生型(A)比べて複眼サイズが顕著に減少した(B)。このサイズの減少は、JNKの遺伝子量を半分にすることで強く抑制された(C)。また、JNKの阻害たんぱく質によって、完全に抑制された(D)。

図2: Eigerによる細胞死誘導とJNKの関与

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