理研BSIニュース No.30(2005年11月号)

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インタビュー

橋本 光広

独自の技術で世界を渡り歩く

橋本研究ユニット
ユニットリーダー
橋本 光広(はしもと みつひろ)


神経細胞は胎児期に、幹細胞から次々と生まれてくる。思考などを司る大脳皮質は6層から成るが、早い時期に幹細胞から発生した神経細胞がより内側の層を、遅いものは外側の層を形成する。つまり、神経細胞の“誕生日”によって、その神経細胞が脳のどの部分になるのかが決まるのだが、そのメカニズムは未だに分かっていない。


橋本光広ユニットリーダーは、ごくありふれた夏風邪のウイルス、アデノウイルスを遺伝子の運び屋(アデノウイルスベクター)として用いることで、誕生日特異的に神経細胞に遺伝子を導入できることを見出した。


アデノウイルスベクターを脳室内に注入すると、注入する時期によって、神経細胞の誕生日に依存してアデノウイルスベクターが遺伝子を導入する。だから、早い時期に注入すればより早い時期に生まれた神経細胞に、遅くに注入すればより遅くに生まれた神経細胞に遺伝子導入できる。この技術を使えば、特定の神経細胞層だけ遺伝子的改変を行ったり、ある神経細胞を壊すと脳の機能がどう変わるか、というような研究が可能になるのだ。


「分子生物学というのは、すでにプロトコルが決まっている分野とも言えます。そうなると、『誰が先にやるのか』という話になり、絶対にビッグラボが強いわけです。小さなラボがその壁を乗り越えるには、他にはない新しい技術を持つことが必要です。そうすれば必ず競争力がつくし、他のことにも応用できるのです。新しい技術は、新しい結果をもたらし、未知の領域を開拓していくこともできるのです。このラボは、アデノウイルスベクターを一つの武器として、競争の激しい科学の世界を渡り歩いていくつもりです」と橋本ユニットリーダーは話す。


回り道は発見の道

学生の頃、テレビで脳を取り上げたドキュメンタリーを見て、それまで関心のあった天体物理の星と同じように、脳内にもアストロサイト(星状細胞)という、星の形をしたきれいな細胞があり、神経細胞がその活動によって瞬いている(イメージ)ことを知ったのが、橋本ユニットリーダーが今の研究に携わろうとする最初の大きなきっかけだ。けれども、学部時代には担当教授に違う分野の研究を勧められ、それならいっそのことまったくの異分野を、と考え、植物の光合成研究をしながら生化学を学んだ。


その結果、脳研究を始めたのは大学院に入ってから。遠回りをしたようにも見えるが、生化学の勉強をしたことが、今、大きな糧になっているという。「昨今は分子生物学が全盛で、私の研究も分子生物学がメインですが、ベースには生化学があります。これだけゲノム工学が発展すると、次に研究者がすべきことは、分子が何をやっているのか(機能)を調べること。それには生化学も必要です。あの時期に生化学をやったことは、大きく役立つと思います。」


若い研究者への提言

自分のラボを持つようになった今、「よく感じるのは、最近の若い人たちは、どうもおとなしすぎるのではないかということです。みんな英語もできるし論文も読んでいて、自分が同じ歳の時と比べると絶対優秀なのですが、何か指示をしないと動けない人が多くて、何でだろうと思っていました。」


橋本ユニットリーダーが思い当たるのは、彼らが大学入試をはじめ、問題を与えられ、どれだけ短時間に応えられるのかをずっと訓練してきたこと。このため、「問題を見つける」ことができないのではないか――。


「でも研究というのは、自分で問題を見つけてこなければならないのです。自分で分からないことを見つけ出し、それに自分で答えることができ、しかも答え方を自分で選ぶこともできるというのが研究の醍醐味なんです。科学とは厳密で、私情の入らないものと捉える人も多いかもしれません。でも私は、科学とはある意味、私的なものだと思っています。どういうことに興味を持つか、それに対してどうアプローチするのかというのも、その人の個性や経験が生きてくるのですから。今までやって来た勉強のスタンスと、研究に対するスタンスの違いに早く気づいて、どんどん未知な世界へチャレンジしていって欲しいのです。」


もう一つ、橋本ユニットリーダーが心配するのは、脳研究の巨大プロジェクトが進んだり、ゲノム全配列が明らかになったりする現状が、若い人たちを「もう、自分のやれることはないのではないか」という気持ちにしてしまっているのではないか、ということだ。


「実は、今の科学というのは、今できる技術の上でしか、今研究者たちが良しとしている狭い分野でしか、成り立っていないんです。だから達観なんかしないで、自分で新たな問題を見つけて、どんどん新しい分野を切り開いていって欲しいんです。」


橋本ユニットリーダーの考える研究のもう一つの魅力は、研究者は“マルチタレント”であること。


「学会発表の時は壇上でどれだけ自分の研究をアピールできるかが重要で、ある意味演劇者であり、論文を書いている時はどういう風に構成を立てて書くかが重要で、ある意味作家なんですね。そういう意味で研究者は、いろいろなことができるんです。だから、一度研究をやり始めると辞められなくなります(笑)。」


現在、研究ユニットは、橋本ユニットリーダーとテクニカルスタッフ2人の小所帯。目下、人材募集中だ。


「このユニットの技術を使って、『自分でこういう研究をしてみたい』というポスドクや研究者を募集しています。若い人たちがどんどん突き上げてくれないと、我々も頑張れない。『なんでこんなすごいデータが出せるんだ』と、こちらもワクワクするような若手を待っています。」



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