理研BSIニュース No.34(2006年12月号)

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BSIでの研究成果

ニューロフィードバックを利用したリアルタイム式ブレインコンピュータインターフェイスの実現に向けて
―ブラインド信号分離による識別性能の向上―

脳信号処理研究チーム


――我々の情緒的な脳は、我々を『情報を処理する単なるコンピュータ』以上の存在にしてくれます。なぜなら、それは情報を処理し、その価値を考慮に入れ、美に対する感情や感覚を持つことを可能にするからです。――伊藤正男(2002年)


ブレインコンピュータインターフェイス(BCI)は、脳信号(電気信号、磁気信号、代謝信号)を利用してコンピュータ、スイッチ、車椅子、neuroprosthesis(人工器官)などの機器を制御するシステムです。BCIの研究は、身体障害者や高齢者のための新たなコミュニケーション手段を創造するという期待がその動機となっていましたが、最近では、没入型バーチャル・リアリティの制御など、リハビリテーション、マルチメディアコミュニケーションやリラクゼーションといった潜在的用途が見られるようになりました。当研究プロジェクトは、拡張されたヒューマンコンピュータインタラクション(HCI)のためのリアルタイム、マルチコマンドBCI技術を開発することによって、BCIおよびそれに関連する脳波(EEG)に関する理解を深め、既存のBCIシステムの性能を向上させることを目的としています。


図1:オンラインBCIシステムの構成図。前処理、ブラインド信号分離(BSS)および特徴抽出は、リアルタイムの高性能BCIシステムにおいて重要な役割を担っている。EEG信号はユーザーの動作などによる雑音やアーチファクトの影響を強く受ける。そのためBCIに必要な脳反応のパターンを抽出、識別するためには、強力なブラインド信号処理および機械学習アルゴリズムが必要とされる。



図2(上)手の動作イメージによって生じるEEG反応を用いたBCIシステムの構成図。前処理の段階で、Morletウェーブレット変換によって、EEG信号の時系列が時間周波数の情報へと変換される。代表的な基底ベクトルおよび関連する弁別機能 s(t) を決定するために、アルファダイバージェンスを用いたNMFが適用される。確率モデルに基づいた分類により、最終決定を行うための入力として、NMFに基づく機能が処理される。
(下)手および足の動作イメージによって生じる、 EEG反応の典型的な空間分布パターンを示す。それぞれの図は上方向から見た頭部に対応し、これによって最適な電極の位置を決定することができる。当システムを用いることによって、三択の識別課題で84%~92%の正解率を達成した。


図3:SSVEP BCIのためのEEGのスペクトログラム(時間周波数表示)。赤色の水平部分は、対象者が注目しているさまざまな点滅周波数(10、12、15、20、30Hz)の画像に応じて弁別されたSSVEPを示す。


図4:さまざまな種類のニューロフィードバックを利用したBCIシステムの概念図。BCIの開発においては、2つの学習システムに取り組む必要がある。ひとつは機械の学習システムで、脳活動の複雑なパターンを可能な限り正確に識別できるように学習する必要がある。他方はユーザーの学習システムで、さまざまなニューロフィードバックによって、EEG反応の強度を自己制御あるいは調整する方法を学習する必要がある。

私たちのBCIシステムは、EEG測定装置、アーチファクト低減およびSN比向上のためのオンライン・ブラインド信号分離(BSS)を含む信号前処理、特徴抽出システム、知的適応型マルチクラスサービスの集合体によって構成されています(図1)。私たちは以下に挙げる有望なEEGの実例をいくつか実際に試しました。(1)四肢などの動きをイメージすることによって一次運動野上に生じる脳活動の測定、(2)ユーザーが見つめている光源(LEDまたは位相反転チェッカーボード)の点滅によって誘発される、定常的視覚誘発電位(SSVEP)と呼ばれるEEG反応の周期波形の検出、(3)ユーザー(またはユーザーの意志)が引き起こした事象によって生じる事象関連電位(ERP)と呼ばれるEEG反応における特徴の識別。


最初のアプローチでは、感覚運動野の周期的な活動(SMR)の時間的/空間的な変化、またはスペクトル特性を利用します。これらは、ミュー波(8~12 Hz)およびベータ波(18~25 Hz)とも呼ばれ、一般的には、運動あるいは運動準備の際に減少し(事象関連脱同期:ERD)、運動後あるいはリラックスしている際には増加します(事象関連同期:ERS)。ERDおよびERSの特徴を解析することによって、運動想像時のEEG信号の識別を行います。


二番目のアプローチにおいて、私たちは異なる周波数で点滅する複数のチェッカーボード状の画像を並べた視覚刺激を設計しました。大まかに言うと、BCIユーザーが特定の点滅する画像に自分の意識を集中した場合、点滅の周波数に対応する定常的なEEG反応(SSVEP)が(大きな雑音に埋もれてはいるものの)誘発されます。SSVEPは、一次視覚野(V1)および運動野(MT/V5)で発生するという、いくつかの証拠が提示されています。私たちはEEG信号に、BSSおよびサブバンド・フィルタ群を適用することによって、個々の信号の独立性に基づいてSSVEPを抽出することが可能であることを示しました。このSSVEPを用いた手法は、多数のコマンドおよび記号を区別できる可能性を備えた高速なBCIシステム(例えば仮想ジョイスティック)を構築するための、最も有望かつ信頼性の高い手法のひとつです。


さらに、私たちは斬新かつ能率的なリアルタイム信号処理ツールおよび特徴抽出アルゴリズムを開発し、私たちのシステムに実装しました。例えば、SMRとベータ波の実例において、私たちは空間的・時間的な適応フィルタリングに加えて新しい非負行列因子分解(NMF)技術を特徴抽出のために用いました(図2)。また、SSVEPの実例においては、斬新なICAおよびサブバンド・フィルタリングのアプローチを適用しました(図3)。さらに高性能の BCIを実現するために、現在、ミュー波とSSVEPの検出アルゴリズムを最適化する研究を進行中です。


もう1つの有望かつ拡張されたBCIのアプローチとしては、ユーザーがERP、ERD、SMR、P300、または頭皮上緩電位(SCP)などの何らかのEEG反応をコントロールするためのトレーニングを行うものがあります。ユーザーはさまざまなニューロフィードバックを受けることによって、自身のEEG反応をコントロールできるようになります。私たちは、ニューロフィードバックを備えたBCIは単なるリハビリテーション療法のための新技術であるだけではなく、脳のこれまで知られていなかった可能性を示すことができる、神経科学における新たな手法となるものと信じています(図4)。


自動化された文脈認識の新たなインターフェイスとしての可能性は、単純なフィードバック制御を備えているだけの標準的なBCIをはるかに超えるものです。私たちは、いくつかの特定の知覚現象のためにニューロフィードバックを備えた新世代のBCIシステムの開発を目指しています。




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