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図2 スナネズミがてんかん様発作をおこしているところ |
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平成14年3月末、理化学研究所に向かう日の夕方まで、私は愛知県心身障害者コロニー、発達障害研究所でてんかんのモデル動物、スナネズミの研究をしていた。スナネズミはアムール河のそばに住む、マウスとラットの中間の大きさの齧歯類である(図1)。
1950年代に日本に持ち帰られ、日本からアメリカへ、さらにヨーロッパの研究機関へとひろまった。スナネズミは実に愛らしくおだやかで、しかも好奇心に満ちていて、私の理想像であるが、その中にてんかん様発作を起こす個体がある(図2)。
私は発作を起こす簡単な刺激方法を見つけだし、発作好発系統を兄妹交配で作り、発達とともに増悪するその発作について研究してきた。この系統では、生後40日過ぎた頃から、刺激の直後に耳が繰り返し動く現象が起きる。この特徴的な動きは、彼らの大脳皮質体性感覚野の一部の抑制系をおさえると起きてくるものと類似している。やがて同じ刺激で、目、首の動きも誘発されるようになり、ついには全身発作が起きるようになる。さらに心理的ストレスでも発作が誘発されるようになる。ケージの蓋の上に乗せると、端まで行って下を見るが高くて降りられない、また別の端まで行って下を見るがやはり降りられない、そうこうしているうちに、つつつっ、と発作に入る。
この系統が由来する群から、東京都精神医学総合研究所の村島善也博士は刺激を加えても発作が誘発されない発作抵抗系統を作り上げられた。彼らをケージの蓋に乗せると同様に高さを測りに行くのだが、降りられないとわかっても発作を起こさない。現所属のチームリーダー、糸原先生と、神経遺伝チームのチームリーダー、山川先生のアドバイスで、この両系統のF1を作った。このF1では刺激によって初期の反復する動きは誘発されるようになるが、全身発作への変化は遅れた。遺伝素因の候補蛋白を検討中だが、ミトコンドリア蛋白のひとつに両系統間の差異がみつかっている。
現在、私達はこの2系統を用いた研究を進めて下さる方を探している。先日、韓国の研究者と話したのだが、てんかん研究への研究助成金の得にくさが国際的に存在するのかもしれない。私の周辺でも助成金が得られずに撤退した研究者がいる。てんかんの認知度の低さも一因ではないかと思う。てんかん症候群は大脳皮質に異常放電が起きる現象が繰り返されるもので、異常放電のパターン、起きる部位、発作頻度などにより、多様な症状を示す。日本でてんかんのある人は100万人を越える(100人に一人に近い)といわれ、交通事故の後遺症でも起きるから、本当はごく身近なものだ。てんかんにみられる、まとまった数の神経細胞が同じリズムで放電してしまう現象は、同様の現象を正常活動のために用いる神経系を使う生き物の一種の宿命ではないか、という気もする。しかし、激しい全身発作はもとより、たとえば一秒間に約3回の頻度で繰り返す異常脳波の出現でぼーっとしたために起きる事故、自動症※の動きを万引きと間違えられたトラブル、ちらちらする光で発作が誘発されるため遊びに出られない子供達など、様々な不便を強いられている現実を考えると、呑気なことを言ってはいられない。新薬も含めた治療方法の開発、日常生活、社会生活の支援の進展が急務となっている。
てんかんが抱える問題は多岐にわたる。てんかんの本人、家族、医師を含む賛助者などからなる「波の会」(「日本てんかん協会」の別名。全国組織で、埼玉県支部では月一回の機関紙の発行、学習会や相談会、当事者も交えてのピアカウセンリング等を行っている。)の会報を読む度に、あるいは思いがけない知人から相談を受ける度に、様々な側面からのアプローチで、その解決に一歩でも近づくことを願う。発作を誘発する波長をカットするめがねの開発など工学的な方法もある。自然科学的にはてんかん現象はまさに脳研究の基礎に関わっているから、脳研究を専門とするBSIでその研究が行われているのは心強い。平成14年暮れにBSIで行われた国際シンポジウムのてんかんのセッションの参加者から、はじめて状況が理解できたという声も聞いた。私事で恐縮だが、社会福祉を専門とする主人が昨年、授業でてんかんを取り上げてくれた。それを聞いた学生さんが、社会的な面からの取り組みに関心を持ってくれればうれしい。この文を最後まで読んで下さったあなたからも、もし貴重な一歩をいただければ幸いである。てんかんに関わってきた1人として、そんなことを思っている。
※自動症:てんかん発作によって起きる現象のひとつで、意識障害を伴った動きは非合目的的なのだが、あたかも目的があるようにみえ誤解を生むことがある。
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