背景
統合失調症は総人口の約1%に発症する頻度の高い、思春期以降に顕在化する精神疾患で、原因の1つには微細な神経発達障害が基盤にあるのではないかと考えられています。その実体は未だ不明ですが、発症脆弱性に複数の遺伝子多型が関与することが示唆されています。そこで今回、私たちは神経発達に影響を及ぼすネトリンG1およびネトリンG2という分子に焦点を当てました。これら分子は、行動遺伝学技術開発チームのNakashibaらによってマウスから同定された新規膜蛋白質で、特徴は軸索誘導因子である古典的ネトリンとともに一つの蛋白質ファミリーを構成しますが受容体は共有せず、古典的ネトリンとは全く独立した機能を担うことが予想されている点にあります。興味深いことに、ネトリンG1とネトリンG2はいずれも中枢神経系特異的に発現しますが、脳の領域単位で見ると相互排他的な発現特性を示し、両分子は機能的に相互補完的と予想されています。これらの遺伝子は脊椎動物に固有であり、それらの機能は高等動物の脳の高度な分化と極めて密接な関連をもつと考えられます。
今回の成果
ヒトネトリンG1、G2については過去に詳しい報告がなかったので、我々は想定されるネトリンG1、G2遺伝子のcDNAをデータベースで検索し、ゲノム構造を決定後、染色体上の位置をFISH法で確認しました。ヒトネトリンG1遺伝子は染色体1p13.3に位置し10個のエクソンからなり、大きさ341kb、G2は9q34に位置し8個のエクソンからなり、大きさ82kbであることが分かりました。またRT-PCR解析により、ヒト脳内ではネトリンG1遺伝子はエクソン5、6、7、8、9の選択的スプライシングの違いにより、少なくとも9個のアイソフォームが存在することが判明しました(図1)。
次に遺伝子の多型(個人差)を調べ、ネトリンG1遺伝子で21個のSNPs(一塩基置換)、G2で10個のSNPsを同定しました。これらSNPsと、 SNPsの組み合わせからなるハプロタイプを統合失調症124家系を用いて調べたところ、以下のことが明らかになりました。:(1)ネトリンG1遺伝子においては、選択的スプライシングの生じる3’側後半のエクソンを含むハプロタイプが統合失調症と有意に関連する、(2)ネトリンG2遺伝子においては、5’側の領域に存在するSNPsとハプロタイプが有意に疾患と関連。(1)の結果を受けて、ネトリンG1のmRNAアイソフォームごとの発現を死後脳を用いて調べたところ、アイソフォームG1cとG1dが統合失調症で減少していました(図2)。(2)の結果からは、関連のあるSNPsがネトリンG2遺伝子全体の発現に影響を与える可能性が考えられましたが、死後脳を用いたmRNA解析では患者群と対照群で有意な差は見られませんでした。
今後の課題
今後の課題としては、(1)他人種も含めてより大規模サンプルを用いた独立した研究で今回の結果が再現されるか、(2)真に疾患と関係するSNPはどれか、それは人種毎に異なるのか、(3)ネトリンG1、G2遺伝子操作動物が統合失調症のモデルとなるか、などが考えられます。本研究の成果発表後、日本人統合失調症の連鎖解析で、ネトリンG1が位置する染色体部位に連鎖シグナルが見られることが報告されました。よって、連鎖シグナルがネトリンG1遺伝子に帰結されるかどうかも今後の課題だと考えられます。
最後に、本研究は国の倫理指針に基づき、理化学研究所倫理委員会の承認を受けて行いました。全ての対象者からは書面によるインフォームドコンセントをいただきました。研究へのご理解、参加協力に対してあらためて感謝申し上げます。