理化学研究所脳科学総合研究センター(理研BSI)Brain Science Institute



脳型情報システム研究グループの新しい展開へ向けて

脳型情報システム研究グループ
グループディレクター
情報創成システム研究チーム
チームリーダー 甘利俊一


グループの発足

 「脳を創る」領域に属しているこのグループは、今を去る5年前、1994年の10月、国際フロンティア研究システム(FRP)の一つとしてスタートしました。 日本における脳の研究を総合的かつ飛躍的に発展させるために、理研のなかに 脳の理論的な研究グループを設立し、実験研究グループと協力して新しいスタ イルの脳研究の確立を目指したわけです。

 当初から3つの研究チームがあり、私は最初の1年半は東京大学と兼任でチーム作りをし、NECで脳の理論的研究を行っていた田中繁さん、ポーランドの A. Cichocki 教授がチームリーダーとして選ばれました。発足当初は、研究員のほとんどが外国人であり、たいへん国際的だったのを覚えています。もっとも、この伝統は続き、今でも半数近くが外国人です。

 私の研究室は情報表現研究チーム(FRP当時)で、脳における情報の表現を中心に、脳の回路網の構築や計算のアルゴリズムを理論の立場から研究することを目的としました。また、田中チームは脳回路モデル研究チームで、現実の脳の回路構造をその発生・発達の初期の過程に遡って理論的に研究し、これを実験的な研究と結合することにより脳の情報原理に迫ろうとしたものです。知能実現機能研究チームと呼ばれた A. Cichocki チームは、神経回路網のトータルな機能の実現としての知的機能の解明や、神経回路網の工学的情報処理への応用を目指したものです。


グループの変遷と国際的な研究レビュー

 グループは発足当時は研究室もままならず、移転などを繰り返しましたが、 そのうち情勢が大きく変化しました。日本でも脳科学の研究を21世紀の国家戦略の一環として行うべきこと、そのためには構想を大きくして、「脳を知る」、「脳を守る」、「脳を創る」の三領域を定め、これらが協調して研究を進めるべきこと、このために理研に脳科学総合研究センター(BSI)を設け、ここを日本の脳研究の中核的な拠点として機能させるというように、話が進みました。


大脳皮質─大脳基底核をめぐる情報処理モデル
[情報創成研究チーム]
-  こうして1997年10月に BSI が発足し、それと同時に私たちのグループは BSI に移り、脳を創る領域の中核として、その立ち上げに関係することになりました。また、チームの名称も、現在の「情報創成、脳回路モデル、開放型脳システム」の3研究チームに変わりました。しかし、研究の本質が変わったわけではありません。しかも、創る領域では、松本元ディレクターが率いる脳型デバイス・ブレインウェイ研究グループが発足したこともあって、焦点が鮮明になってきました。

 そうこうするうちに、フロンティア時代から数えて4年が過ぎ、当初の約束どうり今年2月に研究レビューを迎ることになりました。これは、BSI としては初めてのものであり、研究レビュー委員会(外国人6名、日本人3名)を構成して本格的なレビューが行われました。レビューというと身の引き締まる思いがしますが、その一方で私たちの研究成果を国際的に評価してもらい、さらに将来について有益な助言がもらえればたいへん役に立ちます。もちろん、評価が悪くて、研究チームが打ち切りになることも十分に有り得るのですが。


各チームの活動の成果

 情報創成研究チームは、この4年間に脳における情報処理の基本原理を探求し、これを新しい脳型の数理情報科学として確立するという大目標に向けて努力してきました。具体的には、情報幾何学という我が国で確立した新しい数理的な方法を用いて、神経回路網の情報処理能力とその特徴を明らかにすること、さらには神経学習のたいへん効率の良いアルゴリズムを提唱し、その効果を理論的に示したことです。こうして、脳型計算理論の分野では世界をリードすることができました。一方、現実の脳の仕組みに密着したより具体的な研究も、実験系の人達と協力しながら海馬、大脳基底核、またパルス情報表現などの研究が進行中です。この他、独立成分解析の仕事もあります。私たちのチームは、脳の理論的な研究を行う世界の研究所の一つとして、BSI が 一目置かれていると自負しています。

 脳回路モデル研究チームは、理論の立場から大脳皮質のコラム構築の基本様式を研究し、ホモトピーという数理的な構造がここで大きな役割を果たしていることを発見しました。それだけでなく、理論が予見する構造、とくに発達初期の構造の形成を確かめるために、理論の立場から新しい実験方式を設計し、オプティカル記録法を使って生理学実験を開始して成果を収めています。理論家が自分で実験を行うことはたいへん勇気のいることですが、理論と実験の溝を埋めるために自分達で実験を手掛けることは必要で重要な一歩です。このことは高く評価されてよいと思います。

 開放型脳システム研究チームは、脳型並列計算やカオスダイナミクスの研究を進めるかたわら、次第に脳データの新しい解析法に焦点を合わせてきました。脳のデータとしては、多重電極記録、EEG や MEG などの脳活動に伴って生ずる電磁場の記録、fMRI やオプティカル記録などの脳活動の画像記録があります。近年、独立成分解析と呼ばれる新しい解析手法が提案され、国際的に大きな反響を呼んでいます。このチームは情報創成システム研究チームと協力して、独立成分解析の効果的な手法を提案し、さらにこの手法を大きく発展させて、世界から注目されるようになりました。


視覚野のニューロンは、線分の傾き(方位)や物体の運動方向に
選択的に反応し、近くのニューロンは類似の反応を示す傾向があ
ります。図は、ネコ18野における同じ領域からオプティカル記録
法によって得られた方位コラム(A)と運動方向コラム(B)の
パターンを示します。
図(A)と(B)の下に示したバーと矢印は、それぞれ色と最適
方位及び最適方向の対応を表します。
スケールバーの長さは1mmを表します。
[脳回路モデル研究チーム]

時間と頻度に関する領域における脳のシグナルの
マルチセンサー記録、処理、分析
[開放型脳システム研究チーム]

研究レビュー委員会の評価

 私たちの研究は、この他にも多方面に及びます。研究レビュー委員には事前に詳細な資料を配りその全貌を知ってもらうことにより、当日は厳しい質問を受けるだけでなく有益な討論を持つことができました。

 研究レビュー委員会には私たちの研究成果、とくにそれが世界の研究の中でどのような位置を占め、どのような役割を果たしているかを正当に評価して頂けたものと満足しています。脳を創る研究領域の設定は、日本発のオリジナルなものですが、いまや世界がこれを模倣しようとしています。そのなかで、私たちは世界の先頭を走って行かなければなりません。

 個々のチームの評価についてここでは詳しくふれませんが、かなり厳しい指摘もありました。また、脳を創る領域全般の研究の展開方向として、脳の構造に密着した情報処理システムを考究する構造的な観点と、脳の高次の機能を工学的に実現する機能的な観点の双方をバランス良く取り上げることが勧告されました。より具体的には、理論と実験の連携のさらなる強化、研究チーム間のさらなる協調体制の確立、総花的な目標設定を避けるとともに研究領域をさらに拡大することなどです。

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研究レビュー委員会の様子

グループの今後の発展に向け

 私たちは、こうした評価を謙虚に受け止めるとともに、自信を持って新しい展開を行いたいと考えています。脳の研究はそう簡単なものではありません。脳の優れた高次機能はシステムとしての脳が発現するもので、私たちの精神活動と高度の情報処理の源泉です。情報を創発するシステムの基本原理を、脳を創る領域の立場から確立したいのです。これは人間の理解につながります。21世紀の脳科学は、人間の情報科学でもあるのです。

 「脳を創る」領域は新しい概念でまだ確立したものではありません。優秀な人材をこれから育て、脳と情報にかかわる新しい学問を創っていくのが私たちの役目なのです。私たちは身を引き締めて、世界の第一線を走っていきたいと思っています。

 私自身の夢は、新しい脳型の情報科学を数理的な体系として確立すること、このための優秀な人材を育て世界に送り出すことです。世界で将来指導的な活躍をする研究者を輩出し、彼等に若いときに理研に籍をおき、これによって自分の学問が確立できたのだと感じてもらえれば、これに勝る喜びはありません。BSI は、一方ではたいへん厳しい競争に揉まれる戦略研究の世界ですが、それと同時に学問の世界で自由に冒険できる楽園であってほしいと思います。

しかし、細胞レベルでの測定が、fMRI あるいは別の新しい非侵襲計測法で実現できる見通しは今のところありません。実験動物での研究をすべて人間での研究に置き換えるわけにはいきません。実験動物での研究と人間での非侵襲計測法での研究は、脳科学の発展において相補的な役割を果たしていくと期待されます。


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