理化学研究所脳科学総合研究センター(理研BSI)Brain Science Institute



アメリカ留学紀行

病因遺伝子研究グループ
神経遺伝研究チーム
研究員 森田良治


 1998年12月から1年間米国UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)で研究生活を送る機会を得た。Neurology の教授である Dr. Delgado-Escuetaのもとで、現在進行中の共同研究を進めるとともに、その解析技術の習得を目的としていた。この共同研究は「遺伝性てんかんの原因となる遺伝子の単離」を目的とし、てんかん好発家系を材料に遺伝子タイピングを行った後、統計学的手法によりその遺伝子座を明らかにする。そして、最終的にはてんかんの表現型と連鎖する変異を持つ遺伝子を同定し、てんかんの発症機構を解明しようというものである。Delgado-Escueta 教授は臨床医として患者の診断治療をし、レジデントの教育指導も行い、同時に研究室も運営するといった非常に精力的かつ行動力溢れる人物である。また教授は、遺伝学的手法をいちはやく取り入れ、てんかん研究の分野に変革をもたらしたひとりでもある。

 このような人物のもとで研究生活を送れることはまたとないチャンスと思い、山川和弘チームリーダーの提案に二つ返事で OK した私は期待に胸を膨らませ渡米した。教授とは以前に数回の面識があり、その人物像も温和で冷静な判断力のある方だと存じていたのでいささかの不安もないはずであった。当初の予想では、研究室に4、5人の研究者がいて、慌ただしく研究が進められているものだと確信していたが、実際にはその数ヵ月前にちょうど留学期間を終えた研究者たちは母国に帰ったあとで、そこには私よりも1ヵ月前に中国から来たばかりの留学生の Dr. Bai と、週3日のパートタイムの研究生との2人だけであった。この瞬間もう一つの目的である、「ディスカッションによる英語力の向上」はやや遠くに感じざるを得なかった。

 しかし、不安はほぼこの一点のみであり、研究面においては世界中から収集したてんかん家系の血液サンプルは優に2,000を超え、その臨床データにいたっては教授自ら、あるいは自ら指導した医師たちが行った診断結果が事細かに記載された資料が山となっていた。この膨大な量のサンプルとデータは、彼自信が中南米、欧州、中東、さらにはインドまで足を運び(時にはポケットマネーで)10年以上の時間をかけ、集めた宝であると語ってくれた。その努力、そして信念には誠に敬服させられた。実際その努力は実を結び、これまでに4つのてんかんの遺伝子座がこの研究室から報告されている。さらにそのうちの1つ、第6染色体長腕の劣性型進行性ミオクローヌスてんかんの遺伝子座から EPM2A という新規の遺伝子が一昨年単離され、その変異が報告された(この遺伝子の機能解析は私たちのチームで現在進行中である)。

 さて、アメリカでの研究はこの「宝の山」を用いほぼ順調に進み、その後の理研での研究に必要なサンプルも気持ちよく分与していただいた。また臨床で忙しい中、週に1度ラボミーティングを行っていただき、長いときには2時間じっくりと私たちの話を聞き、あるいはわかりやすい英語に砕いてデータの見方、考え方を教授してくださった。

 さらに、単身赴任の Dr. Bai と私のことを思ってか幾度となく外食、パーティーに誘っていただいた。だが、今、日本に帰国して思い起こすと、今回得た1番のものは、彼のひととなり、研究に対する姿勢など実際に肌に感じながら同じ時間が過ごせたということであろう。
先日の新聞で、阪神タイガースの監督である野村克也さんの語録が昨年話題となっていたことを知った。その中に「目機銖両(もっきしゅりょう)」という言葉があった。この「目機銖両」には「目を見開き、銖両(古代中国の一番小さな重さの単位)を見極められるほど洞察力を高めよ」という意味があるそうだ。この言葉に Delgado-Escueta 教授を見る思いがした。西暦2000年代の始まりとなる今年、私自身もこの言葉を信条として研究に取り組むことができるよう努力していきたいと考えている。
Delgado-Escueta 教授(後列右から2番目)
奥様の Susan(後列一番右)
Dr. Bai(前列左 )
筆者(前列中央)

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