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“脳を創る”原理とその表現の解明

脳型デバイス・ブレインウェイグループ
グループディレクター 松本 元


 我々は“脳を創る”立場から、脳の理解を目指す。そのために、脳の目的(脳は何のためにあるか)や脳の情報処理の基本原理、脳の構成原理をまず明らかにし、これらが脳でどのように表現されているかを、ラットやイカなどの神経細胞・神経系などを用い実験研究し、解明する。すなわち、研究アプローチとして、仮説立証主義を採用する。

1. 脳の目的及びその目的を達成するための原理

1-1. 脳の目的
 脳は情報を処理するための仕組み(アルゴリズム)を自ら獲得することが目的である。このために、まず何の情報のアルゴリズムを獲得するかがなくてはならないので、情報をも自ら選択する。脳が情報の選択とそのアルゴリズム獲得が目的であるならば、脳からの出力は、脳がアルゴリズムを獲得するための手段となっているのではないか。言い換えると、脳のアルゴリズム獲得の基本的構成法は、出力依存性ではないか、との仮説を設定した。脳のこの構成原理は、学習というアルゴリズム獲得の機能とそのための脳の構造を構成する原理でもあり、脳のあらゆる階層構造を貫いて成り立つ構成原理であると考えた。この立場から、脳とコンピュータの本質的違いは目的と手段が入れ替わっているということにある。

1-2. 脳の情報原理
 脳は、獲得したアルゴリズムを神経細胞及び神経細胞系の構造やその活動の変化として学習・記憶し、固定化するので、脳のアルゴリズムは、たとえていうと、脳という表引きテーブル(ルックアップ・テーブル)の中に貯えられたメモリとして存在する。脳への入力情報は、このルックアップ・テーブルのいずれかの答えを引き出す検索情報として用いられる。脳が答えを引き出すと(出力すると)、引き出されたアルゴリズムは、出力依存性学習によって書き変わるように仕組まれている。すなわち、脳はメモリベース・アーキテクチャ(メモリ主体方式)の情報処理システムである、という仮説を設定した。

1-3. 脳の構成原理
 “脳を創る”という立場の原点は、生物の進化プロセスにある。生物は、非線形非平衡系を自ら創り出すシステムとして存在するに至って、初めて生物になったといえる。生物は、物質・エネルギー及び情報を選択的に取り出し、生物の中に選択的に取り入れることで、構造と機能を自己組織化する。物質・エネルギーの選択的な流れを創ろうとする欲求と、情報の選択的流れを創ろうとする欲求を、それぞれ生理欲求、関係欲求と呼ぶとすると、これらの欲求を充足する方向に行動規範を作り、行動することで、生物はその構造や機能を自己組織化しながら獲得し、情報として固定化してきた。生物が出力依存型に情報アルゴリズムを獲得し、メモリ主体方式の情報処理を行うことは、脳に限らず生体情報処理全般に対する基本原理であると考えられよう。この原理から出発して進化発展した脳に至るまで、あらゆる階層でこの原理が貫かれている。我々は、脳の構成原理が階層構造の各レベルでどのように表現され、どんな特徴を持つのかについて研究を進めている。

2. 脳の構成原理と出力依存性
2-1. 神経細胞レベル

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図1
神経細胞の出力依存性学習モデル

 神経細胞レベルでの出力依存性学習則の提案とさらにその分子レベルの機構モデルに関する研究を行った(図1)。図1では、Xi(t-1)が神経細胞 i から神経細胞 j への入力である。入力を得たシナプス(重みWij)は、ある期間その情報を Hij(t)として記憶し、実際の出力時に生じる逆伝播 Vi(t)によりシナプス(重みWij)の強化・減弱を行う。この細胞は、時系列情報を記憶でき、その結果先読みが可能となる。  また、大脳新皮質の各層には、時間に加えて空間的に広がった情報が入力されるため、新皮質の層を貫く V 層錐体細胞の樹状突起では、さらに複雑な時空間情報が学習され、時空間の予測として用いることになるだろう。さらに、最近ではアドレナリンやアセチルコリン、セロトニンなどが逆伝播特性を制御していることが明らかされているので、これらによって細胞レベルでの学習制御がなされ、いわゆる強化学習が行われることも可能と考えられる。


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図2
哺乳動物の大脳皮質での感覚情報処理の基本原理モデル
2-2. 神経細胞系レベル
 大脳は、系統発生の進化プロセスにより、古皮質と新皮質の二重構造から成る。すなわち、哺乳類の脳はカエルなどの持つ脳に、新皮質という新たな構造を追加して階層構造化したものである。この結果、脳は視床から扁桃体に直接入力する経路により、新皮質での情報判断を行う前に、扁桃体を介して素早く出力判断する。この判断は極めて速く、視覚情報処理では、上丘~視床枕を経て、右扁桃体への反応は40ミリ秒以下であると知られている。この速い判断結果は、線条体に送られ、行動として表出すると共に、下側頭葉に送られる仕組みになっている(図2)。新皮質 V 層の錐体細胞は、II、III 層の錐体細胞を結びつける神経線維を伸ばしているので、活性化している線条体細胞との結合によりコラム形成を開始する。すなわち、扁桃体から概ねの出力を決定し、その出力に従って新皮質の機能構築が成されると考えられる。これが脳全体システムレベルでの出力依存性システム形成過程である。  さらに扁桃体では、入力情報に対する、粗いが素早い意味概念化に基づき入力情報の価値評価を行い、それによって情動出力をする。この情動出力が脳の活性制御を行うこと、さらに、出力依存性学習における予測的情報処理の特性を神経細胞が備えていることから、大脳基底核のドーパミン細胞は、報酬への予測誤差や予測的期待で活性化することが考えられる。実際、行動学習下のラットを用いて報酬の質(餌と水のいずれか)によって異なる予測応答を示すことを実験的に明らかにした(参考文献:Miyazaki, K., Mogi, E., Araki, N., Matsumoto, G., 「Reward-Quality Dependent Anticipation in Rat Nucleus Accumbens」, NeuroReport, 9, pp3943-3948 (1998))。

3. 直観情報処理と時空間情報連合によるシンボルの獲得

 扁桃体が行う、粗いが素早い情報判断は、シンボルという概念の最も原始的なものである。この粗いが速い判断から出発し、脳の二重構造性と時空間情報の連合性をもとに、脳はシンボルを高度化し、獲得していく。しかし、入力パターンに出力反応するだけではシンボルとはいえず、シンボルは意味概念化を伴う。扁桃体は内因シンボルを発現し、実環境入力の処理を行うことで、出力依存性により、外因性のシンボルを新皮質や扁桃体に獲得すると考えられる。初期外因シンボル処理形成と多様相連合化による粗いが素早い概念化を直観情報処理という。この直観により意味付られた情報により出力がなされ、それに伴ってシンボルが精緻化され獲得されていくのである。

4. 結 び
 我々のグループでは、ここに紹介した研究のみならず関係欲求関連の遺伝子(愛の遺伝子)と、その表現としての刷り込みの物質基盤や生理現象を解明するために、イカやトリの脳を用いた研究を進めている。さらに、情動の脳活動制御機構を解明する研究も続けている。  また、本研究では“脳とは何か”ということに答えをいつも想定しながら、“脳を創る”要因を明らかにするので、人とは何か、人の集まりとしての社会システムはいかにあるべきかなどの、人文・社会科学との適合性が極めて良いという著しい特色を有している(参考文献:松本元、「脳のこころ、言語(大修館書店)」、28巻1号-12号連載)。この結果、脳科学という自然科学が、人文・社会科学、哲学、宗教などと融合し、新しい科学のパラダイムを拓く可能性を示すことができるだろう。

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