RIKEN's New Research Center for Brain Science: 脳神経科学研究センター(理研CBS)ウェブサイト

RIKEN BRAIN SCIENCE INSTITUTE (理研BSI)

岡本仁 BSIチームリーダー 情動行動に関与する脳の神経回路機能研究における業績にて時実利彦記念賞を受賞

2015年4月22日

岡本仁チームリーダー

発生遺伝子制御研究シニアチームリーダー兼BSI副センター長の岡本仁博士が、毎年1名選出される時実利彦記念賞を受賞し、2014年9月横浜で開催された日本神経科学大会にて授賞式が行われました。
岡本チームリーダーの研究者としてのスタートは、セブラフィッシュをモデル動物として脳の発生を研究することでした。しかし、ここ最近は発生から“心”についての研究にシフトしてきており、特に“感情”を引き起こす神経回路の解明を、魚とマウスをモデルに取り組んでいます。今回のインタビューでは、脳科学へ興味を持ったきっかけや、研究テーマの方向転換の理由、将来の展望などについてお話をうかがいました。

脳科学を志したきっかけとは
高校時代、私はちょっと変わった学生で、重力もしくは脳について学びたいと考えていました。大学では医学部に入学しましたが、医学を学びはじめる前は物理を熱心に勉強していました。しかし本格的に医学の勉強がはじまり、特に解剖学を学ぶにつれ、人体構造のもつ秩序と美しさにすっかり魅了されました。そして脳の発生や、それが制御される過程についても興味を持ちました。
最初の20年間は、遺伝子による脳の発生の制御について研究し、基本的な脳構造のデザインは進化の過程で保存されていることを学びました。そして、その事実を上手く利用することにより、脳の基本的機能、つまり“こころ”を、動物をモデルに研究できるのではと考えました。動物の脳には状況に応じて適応するための機能は存在しないと思われがちです。でも、脳の構造が進化的に保存されているのであれば、例えば魚とヒトの間でも、いくつかの機能は進化的に保存されているはず、とごく自然な流れで考えつきました。

岡本仁チームリーダー

脳発生の研究魅力とは
神経回路の成り立ちに興味がありました。発生の過程において、神経回路は外からの指令なしに自律的に形成されますが、このプロセスは主にたくさんの遺伝子からの指令といくらかの環境因子によるものです。一見複雑な脳という構造体が、遺伝子からの連続的な入力によって造りあげられるのは非常に不思議なことです。これが私が最初に解き明かそうとした課題でした。

ゼブラフィッシュをモデル動物として選択した理由
博士課程ではショウジョウバエをモデル動物としていたのですが、自分の虫嫌いに気が付いて、ハエはやめて魚に変更しました。もともと魚にはなんとなく親近感を覚えます。水族館で魚を見ていると癒された気分になります。

なぜ脳の発生から情動へ研究の焦点が移っていったのか
20世紀終わり頃に生物学では革命が起こりました。脳の様々な領域の特異性を決める遺伝子とその発現パターンは、全ての脊椎動物において非常によく保存されている、ということが明らかになったのです。ですから大脳を含む脳の基本構造も保存されているはずだと考えられ始めたのです。たとえば、鳥類の脳機能についても再評価され、その脳領域の名称も哺乳類との類似性を示すようなものに変更されました。
10年ほど前、これに関する論文の総説を読んだ際に、ピンと来たのですが、脳の構造が保存されているのであれば、私のような分子生物学者、つまり基本的に還元主義者が、ヒトよりもずっとシンプルな構造の生物を利用することで、意思決定のようなこころの基本的なメカニズムを研究できるのではないかと。それがゼブラフィッシュをこころの研究に利用してみようと思いついたきっかけです。

実際にどうやって魚を使った行動の研究をはじめたのか
三浦半島の京急油壺マリンパークで、魚が光に反応して面白いことをするアトラクションがあると先輩の研究者に聞きました。そこではイシダイが、朝起きて学校に行って、信号で止まって算数の授業で1+1=2のような計算をしてみせる。これらは全て条件付け学習です。とても面白かった。そこで慶応大学の動物心理学者であり金魚の条件付けトレーニングの経験がある渡辺茂教授に相談し、そのテクニックを伝授していただきました。それがはじめです。

研究テーマを変更することは大変でしたか
理研から生まれたBrain Visionとういう企業から、非常に高性能なカメラを比較的安価に購入することができました。また資金面では、予備的段階ではあるが将来有望な研究へ資金援助をする制度が理研にあり、それを獲得できたため、ゼブラフィッシュの能動的な回避行動を示す最初のデータを得ることができました。当時、私はまだ発生生物学の研究もしていましたが、ちょうど私の研究室が外部評価を受ける段階にあり、当時取り組んでいた多くのプロジェクトについて発表する機会がありました。発表の合間に、レビュー担当者から「もし神様があなたに、プロジェクトが一つだけであればそれを成功に導こう、と言うとしたらあなたはどのプロジェクトを選びますか」と質問をされたのです。私は「行動に関する研究です」と答えました。このレビューの後に、これからの研究生活で何を本当にやりたいのかを考え、これこそが私のやりたいことだ!と感じたのです。そして本当に行動研究以外のプロジェクトを中止しました。

岡本仁チームリーダー

今後、どのような大きな課題に答えていきたいか
現在取り組んでいるのは、脳の価値判断方法、つまり良いことと悪いことをどのように判断して記憶しているのか、そして、どのようにしてそのような記憶に基づいた行動のプログラムを作り上げ、未来の出来事へ対応するのかについてです。このプロセス、つまり意思決定は脳機能の中でも、もっとも重要な機能のひとつであるのです。今後数年は、この意思決定機能の神経メカニズム解明に注力したいと考えています。さらに、複数の動物の間で社会的関係性が決定されるメカニズムの解明にも取り組んでいます。社会的な動物は、不要な摩擦を避けるために社会的階層のなかで生きています。これについても我々のチームで解き明かしたいと考えています。

関連ページ
Video: Retrieval of a Behavioral Program in Fish Brain

 

プレスリリース: 魚が記憶に基づいて意思決定を行う時の脳の神経活動を可視化
Tazu Aoki, Masae Kinoshita, Ryo Aoki, Masakazu Agetsuma, Hidenori Aizawa, Masako Yamazaki, Mikako Takahoko, Ryunosuke Amo, Akiko Arata, Shin-ichi Higashijima, Takashi Tsuboi and Hitoshi Okamoto. “Imaging of Neural Ensembles for the Retrieval of Learned Behavioral Programs.” Neuron, 2013, doi: 10.1016/j.neuron.2013.04.009

プレスリリース: 危険に対して冷静かつ適切に対処できるようになるための神経回路を発見
Amo et al., The Habenulo-Raphe Serotonergic Circuit Encodes an Aversive Expectation Value Essential for Adaptive Active Avoidance of Danger, Neuron (2014), http://dx.doi.org/10.1016/j.neuron.2014.10.035

インタビュー by Alexandra V Terashima
Photo credits: BSPO
© RIKEN BSI 2015