理化学研究所脳科学総合研究センター(理研BSI) 理研BSIニュース No.13(2001年8月号)



遺伝子の非翻訳領域がモルヒネ効果に影響

 情動機構研究チーム
 細胞内情報研究チーム
 情動機構研究チーム(二木宏明チームリーダー)と細胞内情報研究チーム(矢野良治チームリーダー)は、新潟大学脳研究所との連携研究によって、従来そのはたらきが明らかでなかった遺伝子非翻訳領域がモルヒネの鎮痛効果 に大きな影響を持つことを発見しました。今回の発見は、遺伝子非翻訳領域の差異がモルヒネ効果 の個人差を作り出す遺伝子メカニズムである可能性を示唆するもので、今後のオーダーメード医療につながるものと期待されます。
 モルヒネはアヘンの主成分で、アヘンは阿片ゲシの蕾からの抽出物です。阿片ゲシはギリシア神話に登場するなど古くより慰安の目的で人類に用いられており、またモルヒネは強い鎮痛効果 や多幸感を引き起こす作用を持ち、現在でも手術後の疼痛治療やがんのターミナルケアとして広く用いられています。特に痛みのコントロールの重要性が認識されだした最近ではその使用量 は年々増加しており、モルヒネ治療の重要性はますます高まっています。このような有益な作用の一方、アヘンやモルヒネが身体依存、精神依存を引き起こす麻薬であることもよく知られています。つまり、モルヒネを用いる場合は、副作用が少なくしかも十分な鎮痛効果 が得られる適切な処方を行う必要があります。しかし、モルヒネの鎮痛効果には大きな個人差があり、しかもその個人差が生じるメカニズムはまったくわかっていませんでした。
 本研究では、ヒト個人差の遺伝子メカニズムを研究する上でマウス系統差のメカニズム研究が有用であることに注目し、モルヒネ鎮痛効果 が減弱していることで知られるCXBKマウスという系統についてその遺伝子メカニズムを検討しました。まずCXBKマウスでは、ミューオピオイド受容体遺伝子の中で、蛋白質構造を決める領域(翻訳領域)ではなく、従来その役割がよくわかっていない非翻訳領域とよばれる領域に異常があることがわかりました(図1)。ミューオピオイド受容体はモルヒネの脳内標的です。次に、CXBKマウスの特徴を作り出す原因がCXBKマウス由来のミューオピオイド受容体遺伝子であることを次のようにして明らかにしました(図2)。図の方法で、CXBKマウス(CX)由来のミューオピオイド受容体遺伝子のみを持つマウス(CXμ)、正常なマウス(B6)由来のミューオピオイド受容体遺伝子のみを持つマウス(B6μ)、両方を一つずつ持つマウス(Heμ)を同腹マウス(一回の出産での兄弟)として準備しました。CXμマウスは他の兄弟マウスと比べてミューオピオイド受容体メッセンジャーRNAの長さが長く量 が少なく、またモルヒネの効果が減弱していて、CXBKマウスと同様の特徴を示したのです。
 非翻訳領域に違いがあるとメッセンジャーRNAの安定性に影響して、翻訳されてできる蛋白質の量 に違いが生じることが知られています。つまりCXBKマウスは、まったく正常なミューオピオイド受容体を持つけれども、非翻訳領域に異常があるためにメッセンジャーRNAの脳内量 が減少し、それに伴ってミューオピオイド受容体蛋白質も脳内量が減少してモルヒネの鎮痛シグナルが十分に伝わらず、不十分な鎮痛しか現れないと考えられます。また、非翻訳領域は遺伝子進化的に翻訳領域と比べてDNAの配列が保存されていないため個人差があることが知られています。ミューオピオイド受容体遺伝子の非翻訳領域における差異が、モルヒネ鎮痛効果 の個人差を生み出す遺伝子メカニズムのひとつである可能性が考えられます。さらに、ミューオピオイド受容体に限らずさまざまな脳機能を担う蛋白質についても、その非翻訳領域の多様性によって蛋白質量 に個人差が生じて脳の働きに個人差が生じることも推測されます。

 
図1 CXBKマウスのミューオピオイド受容体メッセンジャーRNAは非翻訳領域の長さが長い



図2 CXBKマウス由来のミューオピオイド受容体遺伝子は受容体量の減少とモルヒネ効果 の減弱を引き起こす

Ikeda, K., Kobayashi, T., Ichikawa, T., Kumanishi, T., Niki, H., and Yano, R., The untranslated region of m-opioid-receptor mRNA contributes to reduced opioid sensitivity in CXBK mice, J. Neurosci., (2001) 21: 1334-1339.



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