理化学研究所脳科学総合研究センター(理研BSI) 理研BSIニュース No.14(2001年11月号



 ニューロン機能研究グループ
 グループディレクター Takao K. Hensch

2000年、苗場にてラボのメンバーと。 左から3番目がHenschグループディレクター
 脳の発達初期には、脳がさまざまな刺激を吸収して、それなりに神経回路を作り上げる「臨界期」という時期が存在する。ニューロン機能研究グループのTakao K. Henschグループディレクターは、「最も興味があるのは言語習得に関わる脳の発達についてです。しかし、言語系は大変複雑なため、より単純な視覚経路を用いて臨界期における可塑的変化の研究をしています」と話す。言語習得の謎に惹かれる背景には、Henschグループディレクターの独特な幼少期にあるようだ。
 「生まれは東京ですが、2歳の時にニューヨークに移りました。父がドイツ人、母が日本人、私はアメリカ人という家庭です。私は覚えていないのですが、両親は生まれた時から母国語のみで、つまり父からはドイツ語、母からは日本語のみ話しかけられ、その言葉で返事をしないと応えてもらえなかったらしいのです」  その結果、男性とはドイツ語、女性とは日本語、家の外では英語という使い分けが成り立つことになる。そのことがかなり特殊な環境であることに気づくのは、学校で第2外国語としてフランス語を習い始めたときだ。
 「そこで同級生がみんな苦労しているのを見て、『みんな、うちで2ヶ国語をしゃべっているのになぜだろう』と思い込んでいました(笑)」。フランス語を覚えるのにもさほど苦労しなかったHenschグループディレクターは、そこで初めて「環境が重要なんだ」と実感したという。
 進学したハーバード大学では、やはり自身の体験から言語習得に興味をもったが「当時、人工知能がブームだったこともあって、入学した時は、数学的に人工知能の研究をしようかなと思っていました。夏休みにはIBMの研究所でインターンをしていたのですが、そのうちに脳機能についてあまりにも不明な点が多すぎて、これはやはり生物系の研究が先だろうと思ってそちらに移りました。それ以来、生物学的な脳研究をしていますが、常に脳がどのように情報を処理し、しかもその発達過程に伴ってどう表れてくるのか、これを最終目的として理解したいところなのです」
 大学卒業後は「まず世界を見たいという気持ちがあり、できれば自分のルーツを探りたいと思っていたところ、文部省(当時)とフルブライトの奨学金が支給されることになり、最初に東大へ留学することになりました」
 そこで出会ったのが、当時、東大の研究室にいた伊藤正男BSI所長である。「伊藤所長の研究スタイルがとても魅力的でした。ある脳機能を理解するためには、行動から分子レベルまでシステマティックに徹底的に調べるという研究で、もともとコンピューテーションに興味があった私には向いていたのです」
 東大で修士課程が終わると次に父の故郷、ドイツにあるマックス・プランク研究所に移る。両親のルーツを辿ったことになるが「ドイツも日本もアメリカと違うんだなと当然のことながら思いました。言葉と文化は深く結び付いているので、もちろんある程度は理解できるのですが『自分は何人なのか』とよく考えさせられる時期でした」
 留学から戻った後は、カリフォルニア大学大学院で博士課程を修了。「アメリカでポスドクをしようかな」と思っていたところに思わぬ 話が舞い込んでくる。
 「光栄なことに大学院に直接、伊藤所長から電話があり、理研で始まる脳研究のプロジェクトに誘われたのです。東大を離れる時には、日本には学会以外では多分戻らないだろうと思っていたのですが、やはりこういうチャンスは滅多にないと思い、理研に行く決心をしました」  そのときBSIはまだ立ち上がっておらず、理研での最初の所属は国際フロンティアシステム(当時)。学位 を取ったばかりの、弱冠29歳のチームリーダーの誕生である。その後、BSIが設立されて現在に至る。
 Henschグループディレクターが企画し、BSIの恒例になったイベントがある。年に一度、研究者が理研を離れて参加する「RIKEN BSI RETREAT」と国内外から若手研究者を集めて開催される「RIKEN Summer Program」だ。
 「RETREATはBSI内の交流や研究発表の練習に大きく貢献できたのではないかと思います。 Summer Programではこれまでの参加者のうち、すでに5名が理研で実際に仕事をしていると聞き、やはり効果 があったのかなと喜んでいます」  研究で心がけているのはチームワークだという。個人それぞれが特技を磨いていき、全員がベストを尽くしてチームとして勝利する。自身の研究チームの運営のみにとどまらず「BSIそのものもそうなるといいなと思っています。一緒に仕事をして、RETREATや共同研究を通してプラスアルファのものが生まれてくると、初めてBSIが成功したと思います」と展望を語った。
 



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