理化学研究所脳科学総合研究センター(理研BSI) 理研BSIニュース No.16(2002年5月号)




左から2番目が遠藤上級研究員

神経回路メカニズム研究グループ
上級研究員 遠藤昌吾


 BSIには、約40ある研究チームに加え、独立して研究を行なう上級研究員制度がある。記憶や学習の分子機構の研究を行う遠藤昌吾上級研究員はその一人である。
 「ヒト、動物、魚、昆虫など、生き物に共通する記憶の基本となる機構を知りたいんです」と遠藤上級研究員は言う。
 北海道生まれの遠藤上級研究員は、「小さいときから風邪を引いたり熱を出したりと、体が弱かったこともあって、身体や健康に関係のあるライフサイエンスをと思っていました」。北海道大学薬学部に進み、大学院時代に、神経ペプチドの分解酵素を通して初めて神経科学に触れた。「当時は免疫やガンの研究が主役でした。でも、私はあまのじゃくなんですよ。みんながやっていない研究をと思って、脳神経科学をもっとやってみようと思いました」
 今から10数年前の日本には、まだポスドク制度もなく、脳センターの構想すらなかったであろう。日本で脳の研究はできないと考え、渡米した。「我々に身近かな脳の機能のひとつは記憶や学習だと思います。普段は考えないけど、『我思うゆえに我あり』と言う言葉、思ったことを覚えていなければ、『我』は存在しないんですよ。人間のパーソナリティーを形成するものを研究したかったんです。そこで、記憶や学習のモデルとして広く使われるアメフラシの研究が行われているヒューストンのテキサス大学へ行くことにしました。人のパーソナリティーとアメフラシ、全然関係がないようですが、記憶や学習の基礎になる行動は人からアメフラシまで驚くほどよく保存されているんです」
 ヒューストン行きは遠藤上級研究員にとって様々な面で転機となる。「第一に、すっかり丈夫になりました。札幌では寒くなったら風邪にならなきゃいかんと私の脳と身体が学習してたんでしょうかね。亜熱帯にあるヒューストンは夏の4〜5ヵ月間、最高気温が体温以上、湿度90%の日が続くんですよ。その気候の中で、不思議なほど健康になってしまいました。私は転地保養の効果を信じますよ」
 また、アメリカの研究スタイルも遠藤上級研究員には馴染みやすかった。「組織の中に技術的なサポートをする仕組みがあり、おかげで、実験に集中することができました。BSIにはATDC(先端技術開発センター)があって、同じような環境ですが、以前は新しい技術や機器を自分のラボですべて確立しなければならなかったのです。必要な技術があるときは簡単に共同研究ができて、結果として成果もあがりやすい環境でした」
 時間を効率的に使えるおかげで生活にも余裕ができ、大好きなスポーツ観戦に行ったり、飛行機操縦のライセンスを取ったりもした。アメリカで働くとき、つきあいが研究室関連に限られることが多いが、「私はクリスチャンなので教会でのつきあいもありました。結婚式や葬式、老若男女、殺人事件の裁判……、社会や家庭のできごとを普段着で経験できました」
 さて、渡米して3年後、次にノースキャロライナ州のデューク大学で3年を過ごし、ヒューストン大学にアシスタントプロフェッサーとして戻ってきたときは大変だった。「年に2回2ヵ月づつ、週に3回集中的に講義をしました。講義の準備も大変でしたが、英語でえらい目にあいました。学生相手だと、学会発表とはまるで勝手が違います。ですから、1回目の講義で、『俺は英語は下手だが、お前たちにHigh grade Scienceを教える。ただし、そのためには俺の英語を解読しろ』と言って、俺の発音では“F”は“H”になる、“V”は“B”になるなどと日本人英語解読表を見せました(笑)。それに学生は講義が面白くないと、本当に退屈そうな顔をしますよ。どう教えれば90分間学生を飽きさせないか、いろいろ工夫しました。向こうの大学では講義や講師の質の向上のために、講義終了後に必ず学生が講義や講師を評価するんですが、いつも5点満点の4点以上をとることができました。苦労はしたものの、努力が学生にわかってもらえたのがうれしかった。それに、4点以上だと次の年、無条件で年俸も上がりましたしね(笑)」
 理研BSIが設立される話をヒューストンのボスから聞き、推薦を受けて帰国した。伊藤正男BSI所長に「アメリカと同じように研究しなさい」と言われたおかげで、BSIでの研究に違和感がなかったという。
 研究で心掛けているのは、自分に、人に、データに対してHonestであること。「私は上司を含め一緒に働く人たちに本当に恵まれてるんですよ。ラボでの研究の大枠は私が決めますが、あとは2人のテクニカルスタッフが粘り強くやってくれます。自分のできることを精一杯やり、そしてお互いをrespectすることで大切な信頼関係が築けると思いますね」



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