理化学研究所脳科学総合研究センター(理研BSI) 理研BSIニュース No.16(2002年5月号)



アルツハイマー病原因タンパク質、
アミロイドの線維化を亜鉛が抑制


 アルツハイマー病研究チーム

図1 亜鉛 Zn(II) 存在、非存在下でのA凝集物の電顕像
  アルツハイマー病の脳からは、特徴的なタンパク質の異常蓄積が観察され、これらが記憶に関わる神経細胞の脱落に関与するだろうと言われています。異常に蓄積するタンパク質の一つがアミロイド(A)で、このタンパク質が凝集して老人斑とよばれる蓄積物になります。A凝集したアミロイド線維には細胞毒性があることがわかっています。そこで我々はA凝集を阻害する物質を探索し、そのうち特に金属イオンに着目しました。
 ADと金属といえばアルミを連想される方が多いと思います。我々は、アルミをはじめとする様々な微量金属イオンが、A凝集にどのような影響を及ぼすか検証しました。その結果、生理的な濃度において亜鉛が最も効果的にA凝集を抑制することを見出しました。一方、アルミについては少なくともそれ自体では、b凝集にさほど大きな効果を示しませんでした。
 これまで亜鉛の摂取不足が老人斑数の増加と相関することは、疫学的に知られています。一方で生化学的には亜鉛や銅などの金属がAの凝集を促進することが報告されています。つまりこれら二つの概念には、Aの凝集そして老人斑形成における亜鉛の効果という点で矛盾がありました。今回我々は、Aの凝集の中でもb凝集のみを特異的に認識する測定方法を用いて、亜鉛の効果を再検討しました。この測定法は蛍光色素チオフラビンT(ThT)が、シート構造をとるタンパク質に結合してその波長にシフトが生じる性質を利用します。一方でこれまでの報告で用いられた生化学的測定法では、ThTのような構造特異性はなく、シート構造でないタンパク質の凝集も測ります。従って、亜鉛はシート構造でない凝集を促進させることでA凝集、つまり線維化を抑制するのではないかと考えました。このことは、亜鉛存在下で形成されたAの凝集物が通常のA線維とは異なり、非線維状であることから示されました(図1)。つまり亜鉛はAに非線維状の凝集物を作らせることで、その線維化を抑制することがわかりました。
 A線維には細胞毒性があることは知られていますが、亜鉛によって誘導されたAの非線維状凝集物にはどうか次に調べました。その結果、亜鉛存在下で生じた非線維状の凝集物は、A線維に比べて毒性は低いことがわかりました(図2)。
 今回の結果から疫学と生化学レベルでの矛盾は解消され、亜鉛がA凝集と老人斑形成の両方に抑制的にはたらくことを示すことができました。しかし亜鉛がADの予防・治療にどれほどの効果を持つかを知るためには、さらなる検証が必要です。またAD発症機構において、亜鉛はどんな役割を果たすのか調べなければなりません。今後、Aの老人斑様の蓄積を生じるモデルマウス等を用いて、亜鉛の効果を病理学的または行動実験などから検討する予定です。
J. Biol. Chem., Vol. 276, 34, pp.32293-32299 (2001)

 
図2 亜鉛によるA線維化抑制効果に基づいた細胞毒性の阻害。
亜鉛Zn(II)を加えるにつれてA線維形成が阻害され(棒グラフ)、細胞毒性は減少し生存率が増加(折れ線グラフ)しています。



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