理化学研究所脳科学総合研究センター(理研BSI) 理研BSIニュース No.16(2002年5月号)



光で遺伝子発現を操る方法の開発

 発生遺伝子制御研究チーム
 ゼブラフィッシュの胚は透明で、比較的単純な神経系を持っていることから、脊椎動物の脳の発生の原形を知るのに適しています (図1A、B)。受精20時間後のゼブラフィッシュ胚の脊髄では、体節(hemisegment)当たり6種類(運動神経細胞3種、介在神経細胞2種、感覚神経細胞1種)、約11個の神経細胞しかなく、これらが決まった方向に軸索を伸ばしています(図1C)。例えば、運動神経細胞は、各体節に3つずつ存在し、細胞体と体節との位置関係によって、RoP(rostral primary)、MiP(middle primary)、CaP(caudal primary)と呼ばれ、CaPは必ず腹側を、 MiPは背側を、RoPは中隔部を支配します。我々はこれまで、このような神経細胞ごとの振舞いの違いがどのような機構で起こるのかを研究してきました。例えば我々は、ゼブラフィッシュの胚で転写因子Islet-1とそれに類似するIslet-2とが、各々RoPとCaPのみで特異的に発現することを発見しました(図1D)。このように互いに近接する神経細胞で交互に発現するような美しい発現パターンを発見すれば、この発現パターンを乱したら神経細胞の個性の決定にどのような影響がでるのかを、どうしても知りたくなってきます。ゼブラフィッシュの胚は透き通っていることをうまく利用して、細胞1個分くらいの大きさの小さな光りのスポットを照射すれば、そこだけで望みの遺伝子の発現を誘導できないものかと、我々は考えていました。
 6-Bromo-4-diazomethyl-7-hydroxycoumarin(Bhc-diazo)は、古田とTseinによって開発された化合物です。我々はこの物質がDNAとRNAのリン酸基に結合し、特定波長の紫外線(365nm)を短時間照射するだけで再び遊離することを発見しました(図2A)。あらかじめBhcでケージしたクラゲ由来の緑色蛍光蛋白(Green Fluorescent Protein, GFP)のmRNAを1細胞期のゼブラフィッシュ胚に注入し、受精後12時間目に頭部のみに紫外線のスポット光を照射すると(図2B)、GFPは頭部のみで翻訳されて、頭部のみが蛍光を発するようになりました(図2C)。
 我々は、この技術をケージド mRNA技術と呼んでいます。Bhcとリン酸との結合は、365 nm波長の光子が1個衝突する場合だけでなく、その2倍の波長でエネルギーが半分の730nm波長(赤外光)の光子が2個同時に衝突することによっても解離することがわかっています。モードロック・レーザーと呼ばれる、瞬時に密度の高い光子を出せる特殊なレーザーを使うと、対物レンズから出た光が焦点を結ぶ場所の付近だけで、2光子の標的分子への同時衝突が可能となります。このような2光子励起技術を応用すると、焦点付近の細胞のみでBhcを解離させて遺伝子を活性できるはずで、このような技術的改良によって、光を使って1細胞のレベルで遺伝子の発現操作ができるように現在研究を進めています。
nature genetics 28; 317-325, 2001
安藤秀樹1,3、古田寿昭2,4、岡本仁1,3、
1:理化学研究所 脳科学総合研究センター 発生遺伝子制御研究チーム
2:東邦大学理学部、生物分子科学科(furuta@biomol.sci.toho-u.ac.jp)
3:科学技術振興事業団 戦略的基礎研究推進事業
4:科学技術振興事業団 若手個人研究推進事業

 
図1 ゼブラフィッシュの脊髄運動神経の軸索伸展
A:ゼブラフィッシュの成魚、B:受精後20時間目のゼブラフィッシュ胚、C:受精後24時間目頃のゼブラフィッシュ胚の脊髄神経細胞の模式図(RoP, rostral primary motor neuron; MiP, middle primary motor neuron; CaP, caudal primary motor neuron; VaP, variably present motor neuron; VeLD, ventral longitudinal descending neuron; CoSA, commissural secondary ascending neuron; DoLA, dorsal longitudinal ascending neuron: RB, Rohon-Beard neuron; SC, spinal cord; NC, notochord)、D:ゼブラフィッシュ胚の脊髄におけるIslet-1 mRNA(赤)とIslet-2 mRNA(紫)の発現パターン。Islet-1 mRNAはRoPに、Islet-2 mRNAはCaPに発現する。Rohon-Beard細胞では両方が発現する。


 
図2 RNA ケージングによる遺伝子の活性調節
A:Bhc-diazoのRNAへの結合と、紫外線照射による解離機構、B:12時間ゼブラフィッシュ胚の頭部への紫外線照射の模式図、C:1細胞期にケージド GFP mRNAを注入され、受精後12時間目に頭部に紫外線照射を受けた胚での、頭部特異的なGFPの発現誘導。




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