理化学研究所脳科学総合研究センター(理研BSI) 理研BSIニュース No.17(2002年8月号)



新たな細胞死誘導因子の発見

 運動系神経変性研究チーム
 アポトーシスは細胞が能動的に自己を死に導く現象で、しばしば「細胞の自殺」に例えられます。アポトーシスは「死」であるにも関わらず、生物が生まれ育ち、生命を維持するうえで欠かせないしくみです。たとえば私達の身体の形づくりには発生の過程でアポトーシスが起こることが必須です。また成人でもアポトーシスが起こりにくくなるとがんや自己免疫疾患の原因に、逆に過剰に起こりすぎるとアルツハイマー病のような神経変性疾患になると考えられています。
 アポトーシスではハエのような昆虫から人間に至るまで共通したしくみが働いています。主役を演じるのはカスパーゼという酵素です。カスパーゼははさみが紙を切るように、細胞のなかで大切な役割を果たしているさまざまな蛋白質を切断することによって実行されます。カスパーゼはいわば「殺し屋」ですが、「殺し屋」の働きをとめる蛋白質も知られています。アポトーシス阻害蛋白質、IAPと呼ばれ蛋白質がそれです。IAPはカスパーゼの酵素活性を強力に抑えます。私たちはIAPがカスパーゼを不活性化するばかりでなく、バラバラに分解することによって強力にアポトーシスを抑制することを見つけています1)。生体は殺し屋カスパーゼと殺し屋を退治するボディーガードのような役割をするIAP をうまく使い分けて適切にアポトーシスが起こるよう調節していると考えられます。
 ところが最近、驚いたことにIAPの働きをさらに阻害する蛋白質がみつかりました。SmacまたはDIABLOとよばれるこの蛋白質は通常はミトコンドリアの中に隠されていますが、アポトーシスのひきがねになる刺激が細胞に加わるとミトコンドリアから飛び出して細胞質に常在するIAPに結合します。Smacが結合したIAPはもはやカスパーゼを阻害することができなくなり、カスパーゼは何の障害もなく、アポトーシスを実行できるようになるわけです。
 私たちは今回、ミトコンドリアの蛋白質、Omi/HtrA2がSmacと同じような働きをもつことを発見しました2)。HtrA2はアポトーシスの刺激に応じて、ミトコンドリアから細胞質に放出されます(図1)。細胞質に放出されたHtrA2はSmacと同様、強固にIAPに結合し、結果としてカスパーゼの活性を増強し、アポトーシスを促進します。ところがHtrA2はSmacにはない働きを持っていることも判りました。HtrA2はカスパーゼとは違った性質の蛋白質を切断する酵素の作用を持っています。IAPと結合できないようにしたHtrA2を細胞に導入すると、酵素の働きで細胞が丸くちぢんでゆっくり死んでいく様子が観察されました(図2)。この細胞死は薬剤でカスパーゼを失活させても止めることができません。つまりHtrA2はIAPを阻害してカスパーゼの活性を増強し、アポトーシスを進行させるとともに、カスパーゼとは関係なく、自身の酵素活性によって細胞死を引き起こす二重の働きを持つ全く新しいタイプの細胞死誘導因子であることが判りました。特殊な方法を使ってHtrA2の.発現量を培養細胞で低下させると、細胞死が起こりにくくなることがわかり、生理的にも重要な役割を担っていると予想されます。また最近の私たちの結果から、ある種の神経変性疾患では病状が進行する時期に一致してHtrA2がミトコンドリアから放出されるとの結果が得られており、疾患との関わりにも興味が持たれます。私たちは現在HtrA2の働きを調節する因子の同定に取り組んでいます。この研究が神経変性疾患の新しい治療法開発の基礎となることを期待しています。
1. Suzuki, Y., Nakabayashi, Y. and Takahashi, R. : Ubiquitin-protein ligase activity of X-linked inhibitor of apoptosis protein promotes proteasomal degradation of caspase-3 and enhances its anti-apoptotic effect in Fas-induced cell death. Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 98:8662-8667 (2001)

2. Suzuki, Y., Imai, Y., Nakayama, H., Takahashi K., Takio K. and Takahashi R. : A serine protease, HtrA2, is released from the mitochondria and interacts with XIAP, inducing cell death. Mol. Cell. 8: 613-21 (2001)

 
図1:細胞死を誘導する紫外線照射(UV)で、HtrA2は網目状にみえるミトコンドリアから細胞質に放出され、細胞全体にべたっと広がるように見える。既知のミトコンドリア由来の細胞死誘導因子、チトクロムcも全く同じふるまいを示す。

 
図2:HtrA2を細胞に遺伝子導入し、大量に発現させると、細胞は丸くなり、縮んで死ぬ。しかしこのとき、細胞内のカスパーゼ活性は上昇せず、細胞死はカスパーゼを阻害しても抑制できない。



理研BSIニューストップ

理研BSIトップ
理化学研究所脳科学総合研究センター(理研BSI)
Copyright All Rights Reserved.