理化学研究所脳科学総合研究センター(理研BSI) 理研BSIニュース No.17(2002年8月号)



人の大脳皮質のコラム構造を頭皮の外から
観察することに成功


 認知機能表現研究チーム
 実験動物での実験結果が集まり、また脳の神経活動を頭の外から記録する非侵襲計測法が開発されたことから、人の高次脳機能の解明に対する期待が高まっている。しかし、従来の非侵襲計測法の空間精度は5ミリ程度であった。この空間精度では、いろいろな精神活動に際して神経活動が高まる脳の部位を決めることはできるが、それぞれの脳の部位がどうやってその機能を遂行しているかのメカニズムを調べることはできない。認知機能表現研究チームは、磁気共鳴画像装置を用いた非侵襲計測法を改良して0.5ミリの空間精度を実現し、コラムという大脳皮質の微細機能構造をイメージングすることに成功した。
 コラムとは、似た性質を持った神経細胞が集まる大脳皮質の表面に垂直な方向に伸びた領域のことである。コラムの大脳皮質表面での広がりはネコやサルでは一般には0.5ミリ程度である。今回の研究では、主に左目から入力を受ける細胞が集まって左目コラムをなし、主に右目から入力を受ける細胞が集まって右目コラムをなす、第一次視覚野の眼優位性コラムをイメージングした。
 磁気共鳴画像装置を用いて、神経細胞活動の高まりを局所血流量の増加を通じて最終的にはプロトンの磁気共鳴信号の増加で測定する方法(機能的磁気共鳴イメージング法)を用いた。神経細胞の活動が局所的に高まると、反射によって局所的に血流量が増え、毛細血管中の還元ヘモグロビンの量が減少する。還元ヘモグロビン量の減少は、プロトンの磁気共鳴信号の減衰を遅らせ、磁気共鳴信号を増加させる。機能的磁気共鳴イメージング法の空間精度の限界は、最終的には毛細血管の間隔(50ミクロン程度)で決まるが、測定の信号雑音比が悪いために実際にはずっと大きい空間精度しか実現できなかった。我々は、信号雑音比を向上させるために静磁場を従来の2.5倍の4テスラに上げるなどいろいろな技術開発を積み重ねて空間精度を上げた。
 ヒトの第一次視覚野は、大脳半球後頭葉の内側面で前後に伸びる鳥矩溝(ちょうくこう)と呼ばれる溝に沿って広がっている。脳の詳細な形は、人ごとにかなり違うが、多くの人で、鳥矩溝の上下の壁に広がる大脳皮質の部分は比較的平らである。そこで、イメージングのスライス面が鳥矩溝の上壁または下壁のなるべく広い範囲で大脳皮質と完全に重複するように、イメージングのスライス面の傾きと位置を個々の被験者で調節した。白黒のチェッカーボードのようなパターンを1秒間に8回白黒反転する視覚刺激を、光ファイバーの束を通して片方ずつの目の網膜に投影した。左目刺激の間の機能的イメージと右目刺激の間の機能的イメージを比較することによりストライプ状のパターンが得られた(図)。このパターンはサルの眼優位性コラムと同じように、ストライプを構成し、帯の長軸方向は第一次視覚野の境界(大脳半球の内側表面にあり、鳥矩溝が内側表面に出る縁にほぼ平行に走る)にほぼ垂直であった。一方、ひとつずつのコラムの幅は平均して1ミリであり、サルのそれの約2倍であった。
 今回の研究ではサルやネコで存在が知られていた構造が人間の脳でも存在することを見た。今後、この方法をさらに改良して人間独特の高次機能を果たす大脳連合野に適用することを計画している。ひとつひとつのコラムを活動させる刺激や状況を特定することで細胞レベルでの情報表現を推定し、隣り合ったコラムが表現する情報を比較することでコラム間の相互作用で行なわれる情報処理の内容を推定することができる。人間の高次脳機能メカニズムの研究が飛躍的に加速する可能性が生まれた。
 
4テスラのfMRI装置を用いて観察した人間の第一次視覚野の眼優位性コラムのパターン
Neuron, Vol 32, 359-374, October 2001



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