理化学研究所脳科学総合研究センター(理研BSI) 理研BSIニュース No.18(2002年11月号)



生きた細胞を詳細に観察できる
新しい蛍光タンパク質を開発


 細胞機能探索技術開発チーム
1.背景
 外界の刺激を受けて、細胞内では特定の反応経路にそって、細胞の分化、移動、分裂などの現象が現れます。こうした細胞内のシグナル伝達にかかわる機能分子は、生化学的、あるいは遺伝学的に数多く同定されています。しかしシグナル伝達系などを包括的に理解するためには、細胞内の事象を生きた細胞一個一個において観察することが必要です。そのためには、目的とする遺伝子や細胞内の部位にさまざまな物質で蛍光標識を行い、観察が可能となるようにデザインすることが求められます。
 しかし、従来の蛍光標識物質の1つである緑色蛍光タンパク質(GFP)は、発色団を形成する効率が低く、タンパク質として存在していても未成熟で光る能力のないものができてしまうことが多々ありました。実際の研究の現場では、細胞内小器官など局所的な部分で起こる微妙な蛍光変化を観察する必要性に迫られており、発色団を効率よく形成するようなGFPが求められていました。

2.あらたな、改変GFPについて
 我々は、オワンクラゲ由来の改変GFP(約240アミノ酸)に、ランダムにアミノ酸置換を導入し、発色団形成効率などに対して効果を持つ変異体を探し出しました。特に、GFPの発色団形成にかかわる反応の中で最も重要と思われる酸化反応に注目。46番目のフェニルアラニンをロイシンに置換すると、その発色団形成反応が、ほ乳類細胞の最適培養条件である37℃で飛躍的に促進されることが分かりました。さらに、タンパク質のフォールディング※の効率を高めるアミノ酸置換も同定し、それらがGFPタンパク質の成熟を速めることを明らかにしました。
 これらのアミノ酸置換を基に作製した、世界でもっとも明るい新たな改変GFPを、“金星”にちなんで“Venus(ヴィーナス)”と命名しました。Venusは成熟の効率が非常に高いため、少量で効果的に蛍光を発することができます。従来の改変GFPと比較して、大腸菌内で30〜100倍、ほ乳類の細胞内で3〜100倍の明るさを達成し、通常の顕微鏡装置でも十分検出可能な蛍光を提供できます。したがって、細胞内に毒性をもたらすことなく、より効率のよい蛍光観察が可能になりました。また、GFP遺伝子を導入してから蛍光が出現するまでの時間が、従来の半日〜1日程度から数時間以内に短縮されました。これによって、調製したばかりの脳のスライスを迅速に蛍光ラベルして観察することが可能となります。

3.Venusで得られた成果
 作製したVenusを用いて、神経芽細胞株PC12における分泌顆粒を蛍光ラベルしたところ、ほぼ100%の分泌顆粒が正確に、これまでに比べて10倍以上の明るさでラベルされていることが確認できました。この結果、脱分極や細胞刺激によって起こる顆粒分泌の素過程を、実時間で観察することが可能になりました。また、細胞からの分泌量を培養液に放出される蛍光で定量することもできるようになりました。

4.今後への期待
 Venusを用いた蛍光ラベリング技術によって、細胞内現象、特にシグナル伝達への理解がより一層深まるとともに、発生過程、脳機能の解明や疾病などのメカニズムの解明にも大きな手がかりを与えることが期待されます。またVenusは、その迅速な成熟故に目的とする遺伝子の活性化を忠実に反映する、“遺伝子の「レポーター」”としての役割が期待できます。
※ フォールディング
ペプチド鎖からタンパク質が3次元的に折りたたまれる過程。GFPタンパク質が発色団を形成して成熟するためには、まずフォールディングすることが必要。
 

Venusを用いて作製したカルシウムイオン指示薬をマウス小脳スライスに遺伝子導入した。市販のGFPで作成したものでは遺伝子を導入してから観察できるまで半日〜1日を要したが、Venusを用いると数時間で観察が可能となるため、新鮮な脳スライスの蛍光カルシウムイメージングが可能になる。
・Aはマウス小脳スライスの低倍率写真。蛍光像と暗視野像を重ね合わせたもの。
・BはA中の白い囲みを拡大したもの。プルキンエ細胞の共焦点蛍光画像。
・CとDはBの白い囲みを拡大したもの。脳スライスを高濃度カリウム溶液中に浸すと細胞膜で脱分極が起こり、カルシウム流入が起こる。Cが脱分極前、Dは脱分極後で、赤いほどカルシウム濃度が高くなったことを示す。

Takeharu Nagai, Keiji Ibata, Eun Sun Park, Mie Kubota, Katsuhiko Mikoshiba & Atsushi Miyawaki
Nature Biotechnology
January 2002 Vol. 20-1, 87-90




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