理化学研究所脳科学総合研究センター(理研BSI) 理研BSIニュース No.19(2003年2月号)



Interview
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細胞修復機構研究チーム
チームリーダー 三浦 正幸


『生物』を選択せずに生物学科を受験
 「実は大学入試の受験科目で、私は『生物』を選択しなかったんです。高校のとき、一応、『生物』は勉強しましたが、いわゆる受験勉強のレベルでは勉強しませんでしたから、東京都立大学理学部の生物学科に入学はしたものの、当初は遺伝子がどうやってタンパク質を合成するのかといった基本的なことがわからず、ちょっとあせってしまったのを憶えています」
 細胞修復機構研究チームの三浦正幸チームリーダーは、こんな話をしながら、人なつっこい笑顔をほころばせます。
 しかし、生物学科に入るのに入試で生物を選択しないなんて……とは、誰もが感じるところ。もしかしたら、入試直前になって志望学科を変えたのかなとも思ってしまいますが、「高校に入ったころから、大学では生物を学ぼうと思っていました」と、三浦チームリーダーは明かします。「大学で生物を学び、できればそのまま生物に関する研究の道に入りたいということは、結構早い時期から考えていました。ただ、そうなると、大学に入学して以降は、ずっと生物に浸かった生活になることは目に見えています。じゃあ、高校のときには生物以外のことをやっておこうかと思ったのです」
 それが、前述のような入学後の戸惑いを生むことにつながってしまったことになります。「大学の教養の数学の先生がおっしゃっていたことを思い出しました」
 その先生は、こう言ったそうです。「『数学に限らず将来役に立つかもしれない生物以外のことを勉強しておこう』と考えている者もいるだろう。だが、あえて私は“いま必要なもの”から取り組むことをお勧めしたい。時間は限られているんだから」

王道外のことから、思わぬヒントが
 そのときはピンとこなかった三浦チームリーダーですが、いまは非常によくわかるといいます。「たとえば研究者として考えたときに、自分の専門領域に限らず、多くの方々が書かれた論文を幅広く読むことができれば、思わぬ発見や刺激に結びつけることができると思います。これが理想ですよね。でも、現実を考えると、論文を読むことに使える時間は限られています。その中であれもこれもと手を出すよりは、自分がいま必要としているもの、興味をもっているものに集中することのほうが、私には向いているように思います」
 ただしそれは、興味の範囲を限定してしまうことではない。「たとえば、哺乳類の細胞死に関する研究が進んだのも、いってみれば王道をはずれたところからカギが見つかったようなものなのです」
 1992年、米国NIH研究員(Fogarty International Research Fellow)として米国ハーバード大学医学部マサチューセッツ総合病院のJunying Yuan博士の研究室に留学したときのこと。
 線虫の細胞死にced3、ced4の遺伝子が深くかかわっていることを知った三浦チームリーダーは、留学先ではこの研究を進めたいと考えていました。ところが、行ってみるとYuan博士が進めていたのは哺乳類を対象にした研究。そこでは線虫の研究は、いわば王道外のことで、三浦チームリーダーはちょっとがっかりしてしまったといいます。
ところが、研究を行っていたあるとき、三浦チームリーダーは、哺乳類の遺伝子ICEが、線虫のced3に働きがよく似ていることに気づきました。このことがきっかけとなって哺乳類の細胞死に関する研究が大きく前進することになったわけです。「哺乳類の細胞死を研究しようとするときに、線虫をヒントにするということは、一般にはあまり行われていませんでした。でも、そんな王道外のことにも興味をもつことが、意外なことにつながるということを教えてくれる経験でした」

大切なのは考えるよりも、生物に答えを聞くこと  
いま必要なこと、直面していることを掘り下げていくというやりかた。王道外のことにも興味の範囲を広げていくというやり方。一見、相反するような2つのやりかただが、そのたどりつくところは同じなのではないかと、三浦チームリーダーは考えます。「研究のやりかたに決まった形はないでしょう。研究者それぞれが自分にあったものをもっていていいと思います。自分の場合は、いま目の前にあることを掘り下げつつ、その周辺にあるもの、関係が薄いといわれているものもちょっとずつ気にするという研究スタイルです。ただ私は、最初からゴールを決めて研究することはしないようにしています。正解は研究者が決めるのではなく、研究対象である生物が教えてくれることだからです。」


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