理化学研究所脳科学総合研究センター(理研BSI) Brain Science Institute



機能的イメージング:聴覚皮質における
内因性シグナルのマッピング


 視覚神経回路モデル研究チーム

 多くのイメージング技術が次々と考案されたことにより、我々は脳機能を直接可視化することが可能になった。ポジトロン断層撮影法(PET)および脳機能画像(f-MRI)は、ヒトの脳における活動領域の三次元構造の局在性を驚くほど明確に表示する。この他にも、ヒトの脳における皮質機構のダイナミクスを研究するために、脳波検査法(EEG)や脳磁図計測(MEG)という2つの方法が開発された。しかし、PETおよびf-MRIの場合は時間・空間分解能が低く、EEGおよびMEGの場合は個々の皮質コラムを分析するには十分な空間分解能を持たないのに対して、内因性シグナル計測法は、多くの皮質領域で見られる最適な刺激特徴の皮質面に沿った方向での情報表現を高い空間分解能で可視化するために有用であることが立証されてきた。
 内因性シグナルの光学計測は、神経細胞の活動によって間接的にもたらされる脳組織の微量の光学反射率の変化を検出する。現在、脳の機能的構造のイメージングは、脳組織の光学特性におけるゆっくりとした変化をに基づいているため、皮質活動領域の可視化は空間分解能において、0.1mmを上回る。こうした神経活動に依存して変化する内因性シグナルの原因となるものには、脳組織の物理特性の変化や脳組織の代謝が含まれる。これまでのところ、光学的イメージングの研究の大半は視覚皮質で行われたが、これは決して視覚皮質にのみ適用可能な方法ではない。実際、この方法論は、聴覚皮質の機能的構造を研究する上でも有用であることが実証されている。
 当研究チームは、この技術を利用し、音源定位に関係すると考えられるネコの第1次聴覚野(AI)において音声特徴を符号化する皮質表現の実験を行った。この実験では、一連の純音あるいは左右両耳へのクリック音を提示した。この結果、音の周波数に対する周波数部位対応構造(tonotopic organization)だけでなく、音刺激が両耳に到達する時間差の空間表現が認められた。両耳間の時間差を伴う聴覚刺激は、AIにおける限局するドメインを活性化させ、時間差に応じてその中心も移動した。研究チームは、光学計測法および電気生理学的計測法の両方において観察結果を確認した。両耳間の時間差が音源定位にとって重要な手がかりであることを考え合わせると、このデータは、AIが両耳間の時間差から音源位置への情報変換に関係することを示唆するものであると言える。
 図1は、15kHzの純音刺激に対する1次聴覚野における活性化領域の時間変化を示している。刺激提示からの時間はミリ秒単位で表示されている。何度も繰り返した結果、神経活動は増加し、約2分の1秒後に最大値に達し、その後減衰している。
 よく知られている通り、聴覚皮質の基本構造原理は、周波数部位対応(tonotopocity)、すなわち、同一周波数領域が、前後軸に対し直交する縞の形状で現れる配列である。高周波領域は前部に位置するのに対し、低周波領域は後部に位置する。当研究チームは、光学計測法を利用すると、同一周波領域が縞状ではなく、不規則な形状の斑点として現れる様子を観察した。周波数部位対応マップにおける内因性光学計測法と、従来の電気生理学的方法によるマッピングの違いは、次のように説明することが可能である。従来の電気生理学的方法による周波数部位対応のマッピングにおいては、最低音圧レベルでスパイク放電を引き起こすことができる純音周波数を探索し、その周波数を最適周波数と定義する。これに対し、光学計測法は、閾値より高い音圧レベルでの音響刺激を提示することによって行われる。従って、刺激周波数が最適であるニューロンとともに別の最適周波数をもつニューロンにおいても神経活動が引き起こされる。神経活動の増大により活性化領域に変化が生じ、縞から斑点の形状へと変化するのである。
 内因性シグナルに基づく光学計測法により、研究者は機能領域の空間分布をマッピングすることができる。特に、聴覚皮質のイメージングの場合は、この方法を利用すると、「脳内の『所在』はどこか」という疑問を解決することができる。音源の位置を特定する皮質計算能力に関する疑問は、神経回路の研究における重要な問題のひとつである。当研究チームのデータは、音源の空間分布が皮質の活動に反映され、それぞれの色が対象に向かう特定の方位角を表現する、「オリエントの絨毯」さながらのパターンをつくり出すことを示した(図2参照)。計算論的神経科学の研究にとって、この光学計測法が大いに役立つことが望まれる。

Vassiliy Tsytsarev、Shigeru Tanaka NeuroReport、13(13)号 1661-66 2002

 
図1 540nmの波長の光を照射光とし、15kHzの音を5回連続で提示した実験で記録された第1次聴覚野からの光学シグナルの時空間パターン。
 
図2 異なる色彩(右−赤色、左−青色、中央−黄色)により示される音源の空間分布の皮質マッピング。

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