理研BSIニュース No.37(2007年10月号)

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Special Report

利根川 進

RIKEN Fellow授与式記念講演会レポート
知るための旅 ― 情熱、リスク、そして展望

マサチューセッツ工科大学(MIT)教授
理研-MIT脳科学研究センター長
理研脳科学総合研究センター特別顧問
利根川進教授


2007年7月6日、理研は、米国MITピカワー学習・記憶研究所前所長の利根川進教授(理研-MIT脳科学研究センター長)に対し、RIKEN Fellow第一号の称号を贈呈しました。この称号は、「大きなリスクを負いながらも、我々が生きている世界に対する理解を深めてくれた人々に敬意を表するために創設されたもの」(野依良治理研理事長)です。なお、これに先立つこと1ヵ月、利根川教授はBSIの特別顧問に就任しています。
授与式では、利根川教授の講演会も開催されました。1987年のノーベル賞受賞者である利根川教授は、講演会において、科学の分野で築いた自身の業績に留まらず、50年にわたり利根川教授が関わってきた科学の変遷、そして自身と科学の関係を、ホールに詰め掛けた人々とともに振り返りました。その概要をレポートします。


60分の講演の間、利根川教授は「私は分子生物学者である」と繰り返し述べた。しかし、何事についても、分子生物学者としてだけの方向から取り組むのでは、科学における経歴としては不十分であることも認めている。学生の頃より、利根川教授は確立された知識よりも、空白のまま残されている部分に興味を抱いていた。利根川教授は、これらの「中間にある部分」においてこそ、理解や発見に至る道を見つけることができたのであり、専門分野は単に“土台”を提供してくれたに過ぎなかったと述べている。


これは、利根川教授が日本を離れるきっかけともなった。学生時代、学位論文を作成する際に困難に直面した利根川教授は、生物学とは成り行きに任されたものであり、そこでは、自分の疑問に対する回答は見つからないと感じたのだ。そこで、賢明な助言者の指導を受け、分子生物学という新たな領域で芽生えていた、新しい考え方について読み知ることとなる。そして、日本を離れて、大学院に進むようにとの勧めを受けるが、驚いたことに、当時、日本人の渡航にはまだ制限があった。


しかし、利根川教授は幸運であった。精力的な指導者とともにカリフォルニアで新しい学校を見つけ、分子生物学の黄金時代の最終期に参加することが叶ったのである。さらに、学生として研究論文も発表した(ちなみに、博士研究員としての研究論文は発表されていない)。それから7年後、その黄金時代に明らかな陰りの兆候が見え始めた頃、新たな探究領域を求めていた利根川教授は、日本で研究していた生物学、そして彼が描くその生物学の地図が完成に近づきつつあることに気がついた。彼には新たな居場所が必要であった。


しかし、利根川教授はまたもや日本の研究界から門前払いを受けてしまった。そこで、ヨーロッパに渡り、免疫学者との共同研究を開始する。大学院生および博士研究員として習得したさまざまな能力は、単なる分子生物学よりも奥深く、計り知れないほど貴重なものであった。利根川教授は、研究プロジェクトの選択法、つまり新しい分野を開拓するためのプロジェクトを選択する方法を習得し、自主的に研究を行う研究者たちのために、活気に満ちた雰囲気をつくり出し、資金に対する気遣いを排除することによって、若い知性を指導する方法も身につけた。さらに、核となるプロジェクトに対するこだわりと、才能を育てるために必要な開放的な環境、この2つのバランスを取る術も習得したのだ。


また、利根川教授は、学生や同僚との議論の中に貴重な事実が存在していることに気がついた。「論争をつないでいるリンクを見つけること」、これこそが発見に至るひとつの道程となると考えたのである。しかし、これを実行に移すには、学際的アプローチが不可欠となる。利根川教授は、免疫学において抗原的多様性の遺伝子による問題を彼の研究室が解決したことに関して、自分が部外者であったことで、行き詰まっていた免疫学的な研究を新たな観点から見つめ直せたことをその成功の要因としている。


利根川教授は、13年にわたり免疫学の分野で分子生物学者として研究を行っていたが、当時ようやく、生命という根本原理に関する長年の問題の解決にテクノロジーが追いつき始めた。このテクノロジーの進歩により、思考や記憶といった遺伝的関係を、より高いレベルの手段で考察することが可能となった。利根川教授は、疑問に答えるために他の分野での知識や技術が必要となった場合には、簡単にギアを切り替え、時には神経科学の分野に足を踏み入れ、抗原的多様性の研究と同様、より高いレベルの複雑性に対処する。この利根川教授の戦略に変わりはない。それは、「中間にある部分」を見つけ出し、必要な技術を研究方法に取り入れることである。


研究者に対しては、どのようなアドバイスがあるのだろうか。奇妙な話だが、利根川教授の言葉はとても聞き覚えのあるものであった。ちょうど一年前、あるノーベル賞受賞者がBSIを訪れた際に、同じ質問を投げかけられた時に発した言葉である。それは、「自らの好奇心のなすがままに」であった。



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