彼女はとってもキュートだ。大きな瞳でじっと見つめられると惹きこまれてしまう。滑るような柔らかな頬を思わずつついてみたくなる。抱きしめるとき、彼女に幸せあれと願わずにはいられない。
「研究って、なにをしてるの?」
彼女の問いかけはいつも突然だ。
「脳がやってる計算を分かるようになりたいんだ。」
僕は、その澄んだ瞳に答えた。僕がストローでアイスコーヒーをかき回している間、僕の答えは彼女の頭の中で転がっていた。
「計算って、足し算、引き算、微分積分とか?」
「そういうのも計算って言うけど」二人の口元の微笑が、空気中にただよった。
「もっといろんなことが、脳の計算なんだ。ほら、野球のピッチャーの松坂が、ピンチでも冷静に落ち着いて、すばらしい投球をするのも、計算。強い精神力も、なにか脳の計算をうまくやっているんだし、あのボールの速さやコントロールだって、脳の計算が大切なんだ。あの人かっこいいとか好きとかきれいとか、感じるのも脳の計算だよ。こうやって話してるのだって脳の計算さ。」
「ふーん。」両手で抱え込むようにして、彼女はキャラメルカプチーノの入ったカップを口元に運んだ。
「分かるようになったらすごいでしょ。」僕はもう少し話そうとも思ったが、とりあえずアイスコーヒーを一口飲むことにした。
「で、期末試験でね」彼女の話題は突然変わる。2週間後に控えた期末試験の数学の問題について教えてほしいことから、つい数日前に友達とお茶をしたときに見かけた男の子の話題と、話は移り変わっていった。
彼女と、いつかこんな会話をすることはあるのかな? 4歳の姪がとってもキュートなのはホントウだし、僕のことを(少なくとも今は)気に入ってくれてもいる。でも、まだこんな会話をするにはいささか早い。がんばれ、松坂。君の名前を出して彼女に分かってもらえないようだと、ちょっと寂しい。やれやれ、僕もそれだけ年を取る。彼女が思わず聞き入るように、自分の研究を面白く話してあげたいものだ。僕が研究を楽しみ、情熱を傾けている姿を見て、彼女が何となくフーンと思うようでありたい。BSIが、いろんな名手がさりげなくその高度な個人技を披露し、そして共有し、楽しさと熱気と興奮に包まれているスタジアムのようになっていたら嬉しいと思う。もちろん、がんばらなければいけないのは松坂だけじゃない。
未来の彼女が、そして未来の僕が、いつかこの文章を読んだとき、なんて思うのだろう?