理研BSIニュース No.35(2007年3月号)

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BSIでの研究成果

ミトコンドリアDNA欠失が脳に蓄積するマウスにおける躁うつ病類似の行動学的表現型

精神疾患動態研究チーム


躁うつ病(双極性障害)は、躁状態、うつ状態を繰り返す病気で、統合失調症と並ぶ二大精神疾患とされていますが、これらの病相自体はそのたびに回復するため、精神医学の中でも、少々軽視されてきました。


しかし、躁・うつの波の繰り返しによって、次第に社会的なハンディーキャップを背負ってしまうこの病気の実態が浮き彫りにされるにつれ、その重要性が再認識されています。


リチウム塩という単純な物質がなぜか予防に有効なことや、双生児研究から遺伝子の関与が明らかであることなど、原因解明の手がかりは少なくないものの、長年の研究にもかかわらず、その原因は未だ不明です。


私たちは、躁うつ病患者の脳を核磁気共鳴法で調べた際に見られた、エネルギー物質(クレアチンリン酸)の低下、脳内のわずかなpH低下などの所見が、ミトコンドリア病の所見に似ていることから、ミトコンドリア病と躁うつ病の関係に着目しました。


ミトコンドリア病患者の一部(脳内にミトコンドリアDNA[mtDNA]の欠失が蓄積するタイプ)で、その症状の一つとして、うつ病や躁うつ病を呈することが報告されており、躁うつ病患者の中にも、脳内にmtDNA欠失が蓄積していた症例がありました。


そこで私たちは、脳内にmtDNA欠失が蓄積するマウスを遺伝子工学的に作製し、このマウスが躁うつ病になるかどうかを調べることにしました。mtDNAはすべて母親から遺伝しますが、これを複製する酵素は、染色体の遺伝子にコードされています。


この合成酵素(ポリメラーゼγ)の遺伝子に、1ヵ所だけ変異を入れて、間違ったmtDNAを複製するようにし、この異常な酵素が神経細胞だけで作られる遺伝子改変マウスを作成しました。その結果、確かに脳にmtDNA欠失が蓄積していることが分かりました。


このマウスは、形態、知覚、運動、記憶などには明らかな異常は見られませんでしたが、さて、このマウスが躁うつ病らしいかどうか、どうやって調べたら良いでしょうか?


輪回しをする躁うつ病モデルマウス


縦軸は行動量、横軸は日数を示す。リチウム治療により、行動量の波が消失している。

これまで躁うつ病のモデル動物がいなかったため、確立した方法はありませんが、マウスが自発的に輪回しするのを長期間観察すれば、躁・うつのように、行動量が増えたり減ったりするのではないかと考えました。


オスではこうした波は見られませんでしたが、メスでは約5日の性周期に合わせて、輪回しを多くする時期としない時期とを繰り返す特徴が見られました。また、夜行性のマウスは通常、昼になると動きませんが、このマウスは昼になってもしばらく動き続ける特徴が見られました。


これらの異常は、躁うつ病の治療薬であるリチウムで改善しました。躁うつ病患者に投与すると躁状態を招く、古いタイプの抗うつ薬をマウスに与えると、躁状態のような行動変化を示しました。


これらのことから、このマウスは躁うつ病のモデルマウスとなることが期待されます。これまで躁うつ病の新薬開発はほとんど行われていませんでしたが、その原因の一つは、モデル動物がないことでした。今回の研究成果により、創薬研究が進展すると期待されます。


また、今回の結果から、mtDNA欠失は躁うつ病の原因の一つになりうると考えられます。躁うつ病にミトコンドリア機能障害が関与しているという私たちが提唱した仮説は、最近少しずつ海外でも認められ始め、米国ではすでに、ミトコンドリアに作用する躁うつ病の治療薬の開発研究も始まっています。


躁うつ病にmtDNAが関係していることを明らかにするには、まだまだ多くのデータが必要ですが、今回の研究成果がその突破口になることを願うばかりです。


Kasahara T, Kubota M, Miyauchi T, Noda Y, Mouri A, Nabeshima T, Kato T.: Mice with neuron-specific accumulation of mitochondrial DNA mutations show mood disorder-like phenotypes. Molecular Psychiatry 11, 577-593 (2006).


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