脳認知機能を担う脳の部位を捉えるために、 fMRIは脳神経全体を捉えるツールとして、重要な役割を担ってきました。一方、神経の電気的な活動とfMRI測定との関係は現段階ではまだ探るべきことも多く、新たな実験的手法の展開の可能性も秘めています。私たちの研究チームでは、脳の機能的な神経回路が柔軟に生成される仕組みとして、振動の同期が主要な役割を担うという仮説をもとに、脳の種々の働きを研究しています。ヒトの脳活動をfMRIの空間精度と頭皮脳波の時間分解能の双方を生かす測定をすることで見えてきた、脳の振動神経回路の動的な性質について紹介します。
ヒトの頭皮脳波では、4~8ヘルツの成分をシータ波と呼びます。計算や図形の問題により速く、より正確に取り組んでいる時に、前頭中心部にシータ波が増加することが石原らにより1971年に報告され、特にFrontal Midline theta(fmシータ)と呼ばれます。その発生源は、前部帯状回またはその周辺に分布すると推定されています。ヒトfMRIや動物の電気生理実験において同部位は、特定の行為ではなく、さまざまな行為の実行状態のモニターに関係して活動するもので、中央実行機能central executive functionと呼ばれる働きを持つとされています。私たちの振動同期の仮説の立場からは、もしfmシータの活動がモニター機能に参加されるのであれば、モニターする部位とモニターされる部位の間で、シータでの同期が発生するはずです。このことを検証するためには、頭皮でfmに限定されて見えるシータがどんな回路形成に関わるのか、脳全体の活動と合わせて測定する必要があります。fm シータの出やすい典型的な課題である暗算課題について、脳波とfMRIとの同時測定実験を行いました。実験は、当研究チームの水原啓暁研究員(現京都大学)が主力となって東京電機大学の協力を得て実施しました。解析は脳波のある量をインデックスとして、その時系列から期待されるゆっくりした変数 expected BOLDを計算し、これと実際に測定された脳の各部位のBOLDとの間で相関があるかどうかを判定する方法を採りました。任意の電極の対で、同じ周波数成分の位相の時系列を取り出し、2電極間で位相差が一定に保たれる程度、すなわち位相同期の変数を求め、その変数が課題依存的に大きくなるような電極対を取り出しました(NeuroImage 2005, 2007)。その結果、前頭から後頭にわたる離れた部位の電極で、7ヘルツ(シータリズム)において位相同期する電極対を複数見出しました。これらの電極対をさらに2 つのクラスターに分け、クラスター毎の位相同期を脳波の指標として、fMRIのBOLDとの相関の解析に適用しました(NeuroImage2007)。その結果は、fmシータのソースとして知られる部位と、種々の領野との間の回路が頭皮上シータの位相同期に伴い、つながったり切れたりすることを示すもので、本実験の作業記憶を用いる連続的な引き算課題では、空間の作業記憶系の部位および小脳を含む運動に関連する部位とが交互に現れました。また、別の解析から、やはり暗算中に14ヘルツ(ベータ波)の位相同期に伴い、皮質と線条体の回路が現れることが分かりました。以上の結果は、複数の周波数帯での同期を用いて互いにモニターしながら作動する脳の柔軟な作動方式の一端を示しています。
2)Mizuhara H., et al: NeuroImage Vol. 27 No. 3, pp. 553-563 (2005)
3)Mizuhara H., Yamaguchi Y.: NeuroImage Vol. 36 No. 1, pp. 232-244 (2007)