理研BSIニュース No.23(2004年2月号)

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インタビュー

木村 哲也

脳創成表現研究チーム
研究員 木村 哲也


何のために生物を研究するのか

「もし研究者を辞めたら寿司屋になるのもいいかな、と思うことがあるんです」


インタビュー中、木村研究員はこんな言葉を漏らした。


「研究室にこもって研究し、外部との接触が減ってくると、自分の仕事が何かの役に立っているという充実感が感じられなくなってしまい、不安になってしまうことがあるんです。寿司屋さんなら自分の仕事に対するお客の反応がすぐ目の前でわかりますから、ああいう仕事もいいなぁと思うんです」


木村研究員は、自身の研究と社会との結びつきを強く意識する。「どんな研究でも、どこかで必ず社会と結びついています。ただ、その結びつきがわかりやすい分野とそうでない分野とがある。たとえば医学はヒトそのものに結びついているから研究者もそのことが感じやすく、皆さんパワフルですよね」


では、木村研究員が研究する生物学の世界はどうなのだろう。生物を通してヒトを知ることになるのだろうか。「もちろん、そういった方向からのアプローチもあるでしょう。ただ私は、ヒトの代用として生物を研究しているという意識はあまりありません。」


ヒトを解明するために他の生物のからだやその仕組みを研究するのでなければ、生物学と一般社会との間に、どんなつながりがあると言うのだろう。「研究の成果を、フィロソフィーで社会に還元するというやり方もあると思うのです」「フィロソフィー」とはまた大袈裟な言葉が飛び出してきたが、木村研究員は、あるエピソードを紹介してくれた。「ドイツには河川を改修するときに、直線にしてはいけないという法律があります。川がまっすぐになると流れが速くなってしまい、川の生産性が著しく低下することがわかったからです。効率よりも環境を優先させるというのは、社会にとってひとつのフィロソフィーです。生態系の研究が、ドイツの社会に、ひとつのフィロソフィーを生み出したことになると思うのです」


ヒトの脳とロボットの人工知能

では、たとえば生物学者の仕事は生物を知ることではなく、そこから見えてくることによって、社会をある方向へ導くことなのだろうか。だとしたらそれは、自然科学の世界を離れ、ある種の危険を伴うことのようにも思える。「私は、研究者は"問題提起"が仕事だと考えています。提起された"問題"を問題としてとりあげるかどうか、あるいはその問題にどのような解答を出すかは、社会に委ねるべきことでしょう」"研究者は新たな情報を提供し、判断材料を社会に与える人であり、それに基づいて実際に判断するのは社会である"ということ。これがすなわち木村研究員の言う、フィロソフィーという形での研究成果の社会還元だ。


木村研究員は、脳の情報処理における特性の1つである目的を生成することの重要性をあげている。"脳を創る"という視点も目的生成が派生するような原理を考え、組み込むように研究を進めている。生物に基づいた人工知能の研究という点からも、その特性を考慮にいれることが必要なのかもしれません。


そんな考えを木村研究員が持つに至ったのには、ある経歴が少なからず影響を及ぼしているように思える。


「大学で学位を取得した後、10年ほど、ある電機メーカーの研究所にいました。そこは民間企業の研究所ですから、社会への還元を念頭においた研究が求められます。そこで私は開発する製品を提案するための研究に携わっていました。それは開発への目的を作り出すことそのものです。この研究所での経験は、社会とのつながりをもつ研究の重要さを再認識させてくれました。」メーカーを辞めてからBSIにくるまでの間、木村研究員はある大学の研究室で個人的に研究を続けていたこともあった。知識の提供という社会還元を行う研究者としての考えを貫き通す難しさを楽しさにかえる力こそが、今の研究スタイルへ通じているのかもしれない。鮨職人というたとえがあてはまる粋な研究者の姿がそこにあった。



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