理研BSIニュース No.31(2006年3月号)

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インタビュー

永雄 総一

運動を覚える記憶のメカニズム

運動学習制御研究チーム
チームリーダー
永雄 総一(ながお そういち)


脳の最も重要な役割のひとつである「記憶」。記憶の種類は、「事柄を覚える記憶」と「技(運動)を覚える記憶」の大きく二つに分けられる。


「事柄を覚える記憶」は、大脳や海馬のシナプスが長期間、信号を通りやすくする「長期増強」によって実現するのに対し、「技を覚える記憶」は小脳のシナプスが信号を通りにくくする「長期抑圧(LTD)」によって行われる。


同じ“記憶”でもメカニズムが正反対というのは不思議な気もするが、「論理というのは、情報を足し合わせる(AND)ことと抑制(NOT)することで成り立っています。抑制するというのは、情報処理の中で重要なキーポイントなんですね。ですから、LTDもその理にかなっているんです」と永雄総一チームリーダーは話す。


大学卒業後、2年間の臨床医勤務を経て「どちらかというと、研究の方が面白そうだな」と大学院に戻り、そこで入ったのが当時、東大教授だった伊藤正男 BSI特別顧問の研究室。永雄チームリーダーが運動学習記憶の研究をすることになったのは、それが縁である。じつは、LTDを世界で初めてとらえたのが伊藤特別顧問なのだ。


「私は当時、伊藤先生の東大時代の最後の助手だったものですから、その流れで、これまでずっとこの研究テーマを続けることになりました。それに、“技の記憶”がどのようなメカニズムで形成されて、それがどう蓄えられ、どう使われるかというのは、脳研究の中でも非常に重要な大切なテーマです」。


事実、運動記憶の形成は世界的に見ても脳科学の生理学では大きな分野で、現在でも多くの論文が出たり、外国でシンポジウムが盛んに開かれたりする研究テーマだ。


「世界中で多くの研究者が同じ研究をしていますから、常に闘争というか、そういう中でなかなか大変で貧乏くじなんですが(笑)、それが面白くて大学院卒業後20年以上、この研究をずっと続けています」。


当時大学で永雄チームリーダーが研究をしていたのは、主に数時間程度の練習で生じる「短期運動学習」の記憶について。これに対して、数日間レベルの練習で生じる「長期運動学習」の記憶については、「大学院のころから、その存在は知ってはいたのですが、なかなかそれを戦略的につめる余裕がありませんでした。幸い、今から7年ほど前に、JST(独立行政法人科学技術振興機構)から大きなグラントをいただき、さらにBSIでは研究費やスタッフを増やすことができて、20年来の宿題に手を付けることができました。それがまた、非常に面白い結果が出たものですから、これは何とか区切りをつけて、少しでも運動の記憶のメカニズムの研究にお役に立てればと思っています。」


こどもたちに教えられたこと

永雄チームリーダーの家庭は夫婦共働き。そのため、二人の息子が小さい頃の日課は、保育園への“送り”だった。息子たちは年齢が6歳離れているので、「一人が保育園を出ると、もう一人が保育園に入るという感じで、計12年間、毎日、保育園へ送っていました」。


そのおかげで、こどもたちが大きくなる様を、毎日ずっと見られたので、脳のすごさ、神秘さとを身近に感じることができたという。


「特に、子供が生まれてから首がすわって、立ち上がって、やがて歩き始めて、最初は2、3歩しか歩けないんだけど、それがだんだん歩けるようになっていくのは、まさに長期抑圧の賜物です。だいぶ、こどもたちに教えられた部分もあると思いますね。その頃は親として『かわいいな』と毎日楽しみにしていたのですけれど、後で考えてみると、やはり研究者としての視線があったような……(笑)。でも、長年研究をやっていますが、そういう日常のちょっとしたことでも、あらためて感動を覚えましたね」。


次世代に研究を託すために

現在、研究室のスタッフは8名。この4月から新たに2名加わって10名になる。比較的若い人が多く、テクニカルスタッフ3名には来年にも社会人の大学院に入ってもらい、このラボの仕事で学位を取って世の中に出て欲しいと永雄チームリーダーは考えている。


「ラボの運営の方針として、教育の方にも力を入れています。目指すのは、次世代の研究者の育成です。私たちの世代は、あと10年くらいでリタイアしますから、何とかその精神を後の世代に継承して、将来、脳生理学を発展させてもらうのも、われわれの役割ではないかと考えています」。


永雄チームリーダーが研究の心構えで最も大切だと考えるのは、一言でいえば「真理を探究するのが科学者の務め」であるということ。これに必要なのは、時間をかけた正確なデータ出しとオリジナリテイ。


「研究の世界は、それは競争が激しいですが、少なくとも論文発表するまでは、十分時間をかけ吟味をして、拙速ということがないように、後生の人たちの批判や追試にも耐えられるように、何重にも確かめてそれから論文を出すようにしています。これから活躍する若い人たちにも、ぜひ、厳正に科学に向き合うことを原点として欲しいですね」。



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