

ヒト知性の進化要因のひとつに、「社会脳」という能力の獲得があるのではないかと考えられています。これは、ヒト社会の持つ複雑な構造の中で自己の要求を実現させるために、社会構造を認知してそれを積極的に操作する能力を指します。「社会脳」という機能を科学的に捉えようとする試みは様々試みられてきました。しかしながら、視覚や聴覚と異なり、社会脳が取り扱う変数が、数値として捉えることのできない「社会」という構造であるために、実験の条件設定が難しく、神経科学的なアプローチはうまくいっていませんでした。そこで、今回私たちは、多次元生体情報記録手法(図1)を開発し、社会性課題という、従来にない新しい自由な実験環境での行動と脳活動の同時記録・解析を可能にしました。
今回の実験では2頭のニホンサル(M1、M2)を用い、それぞれのサルの頭頂葉から神経細胞活動を同時に記録しました。2頭のサルの相対的空間位置は、相互に空間を共有しない非競合条件(position A)と、空間を共有する競合条件(position B、C)の3種類が設定され、その条件下での両方のサルの餌とり行動を、モーションキャプチャを用いて神経細胞活動と同時に記録しました。
行動解析では、課題実行中の2頭のサルの間には明らかな社会的上下関係が観察され、競合条件下では下位のサルは競合空間で餌をとることを自発的にやめました。一方、非競合条件では両者ともに目の前にいる相手を無視し、特に行動抑制は見られませんでした。つまり、両者の間の社会的繋がりは、空間を共有する競合条件になって初めて成立していることが示唆されました。
そのような、社会文脈依存的な行動選択が行われているときの頭頂葉細胞の活動を見てみると(図2)、頭頂葉の運動関連細胞と呼ばれる細胞群が、異なる行動戦略を示した課題条件間(図2 position A と C)で反応特性を大きく切り替えていることが明らかになりました。このことは、頭頂葉の神経細胞が他者との社会的繋がりを持つことによって、空間認知の様式を大きく切り替えていることを示しています。
今回の結果は、頭頂葉の空間認知が、単純に物理的な他者の存在に反応しているのではなく、他者の存在が自分にとって社会的意義をもつことで、初めて脳内で認識されるということを示唆しています。しかしながら社会的脳機能は他者の行動認知のみならず、他者の意思の推定や、より広い環境認知、さらに社会構造と過去の経験に関しての記憶など様々な情報を統合して初めて実現されるものです。すなわち、今回社会文脈依存性の神経活動を見せた頭頂葉は、その機能を実現する社会的脳機能ネットワークの一部であり、詳細な社会的脳機能理解のためには、今後より広範な領域からの脳神経活動を記録する必要性があると考えられました。
(藤井直敬 適応知性研究チームチームリーダー)