本研究チームは、網膜の神経活動の分布をサルにおいて非侵襲的に可視化することに成功しました。網膜は視力の良し悪しを左右する重要な部位で、その機能がマッピングできるようになると網膜疾患の早期発見や、正確な診断などのために役立つと考えられます。東京医療センター臨床研究センター視覚生理学研究室との共同研究による成果です。
背景
ヒトの眼底には、カメラのフィルムに相当する網膜という膜状の神経組織が存在しています(図1)。視力が低下したり視野が狭くなったりする原因のひとつは、網膜にある視細胞の働きが局所的に低下することです。これまでの臨床検査では、自覚的な検査によって視力や視野を測定したり、電気生理的検査(神経の電気的信号をとらえる検査法)によって網膜の機能を測定したりするのが一般的でした。しかし、視細胞の機能を、客観的かつ非侵襲的に直接可視化する方法はありませんでした。
本研究では、脳科学で広く使われているイメージング技術(光学計測法:Optical Imaging/オプティカル・イメージング)を眼底に応用することにより、霊長類の視細胞の詳細な機能的トポグラフィー(神経活動の分布図)を作成することに初めて成功しました。
今回の成果
光学計測法とは、神経活動に伴って生じる微小な組織反射率の変化をビデオカメラで捉える方法であり、神経活動の高い部分と低い部分の違いが、画像上明瞭に描出されます。実験は、麻酔下のアカゲザル(網膜の機能構造はヒトとほとんど同じ)で行いました。測定には、CCDカメラを組み込んだ眼底カメラを用います。網膜の表面を見えない赤外光(波長800ナノメートル以上)で観察します。正常な網膜に光刺激(フラッシュ)を与えると、網膜内で神経活動が生じて組織の反射率が変化します。刺激の前と後での反射率変化をコンピュータで計算し、神経活動のトポグラフィーを作成します。
これによって、網膜の中心部では錐体視細胞の反応に相当する高いピークが見られ、また周辺部では杆体視細胞の反応に相当する輪状のピークが見られました(図2)。これらのトポグラフィーは、自覚的に検査して得られる正常者の網膜感度や、解剖学的な錐体・杆体視細胞の分布によく一致しています。さらに、人工的に障害を作成した網膜では、障害領域に一致して信号が低下していることも分かっています。
このように、錐体・杆体視細胞の機能的トポグラフィーを非侵襲的に詳細に描出したのは世界で初めてです。しかも本計測法の計測には、わずか数秒間しかかかっていません。我々はこの計測方法を、網膜内因性信号計測法(Functional Retinography)と呼んでいます。
今後の期待
社会の高齢化にともない、中高年以降に発症する視力障害は大きな社会問題となりつつあります。現在、すでに臨床応用に向けた開発も行われており、この検査法が実用化されれば、加齢黄斑変性症、網膜色素変性症、未熟児網膜症など視力を脅かす重大な疾患の早期発見や、治療効果の判定などに、大きく寄与することが期待されます。