ヒトの大脳皮質は、言語の処理や認識などのさまざまな認知作業において、機能的な左右非対称性を示すことが以前から知られていました。さらに、最近の研究によれば、それ以外の大脳辺縁系も外部刺激に対して、非対称に活性化されることが報告されています。例えば、恐怖を示す表情を提示されると、ヒト扁桃体の片側が活性化されます。脳内の機能的非対称性はヒトだけに存在するものではなく、神経系共通的の特徴のようです。例えば、ヒヨコ、魚、ヒキガエル、そしておそらくあらゆる脊椎動物は、特定の行動のために左右どちらかの視野を優先的に利用しています。これらの研究結果から、右脳と左脳における情報処理の特異化は、進化的に保存されていると考えられています。
このように機能的非対称性は、脊椎動物の脳に保存されてきた特徴であるにもかかわらず、驚くべきことに、その基となる神経回路のパターンはほとんど知られていません。例えば、脳の感覚処理領域から運動領域にかけて、左右の神経情報がどのように運ばれているかは全く分かっていません。左右に機能分化した脳の活動によって引き出される運動出力は、身体の両側に関与していることから、右または左に偏った神経構造から脳の両側の下位神経核まで情報を伝達する回路の存在が予想されます。しかし、このような情報伝達がどこで、どのようにして起きているかについては全く知られていません。
今回われわれは、左右の神経情報が正中に存在する標的神経核の背側と腹側領域に伝達される、という神経回路の新しい側面を明らかにしました。
この問題への取り組みとして、ゼブラフィッシュ手綱核の出力回路の解析を行いました。手綱核とは、終脳と中脳脚間核を結ぶ伝導経路を構成する領域で、進化的に高度に保存された大脳辺縁系の一部です(図1A)。この領域は、ドーパミン作動性およびセロトニン作動性の神経活動の調節に関与すると考えられています。
われわれは、ゼブラフィッシュの手綱核から脚間核への投射における非対称な神経回路、つまり左側の主な手綱核線維は脚間核の背側領域へ、右側の主な手綱核線維は脚間核の腹側領域へ投射するという対応関係(図1B・1C)を示しました。左右の手綱核は内側亜核と外側亜核に分けられ、それぞれが脚間核の腹側および背側へと投射しています。すなわち、左右非対称な投射パターンは、各亜核の大きさの比率が、左右で著しく異なることによって形成されていました(図1B・1C)。
Nodalシグナル経路は、内臓における左右性決定に重要な役割を果たすことが知られていますが、ゼブラフィッシュにおいては、左脳におけるNodalシグナル経路の活性化が、手綱核の大きさにおける左右性を決定します(図2A-2D)。非対称なNodalシグナルは、左右手綱核から背腹脚間核への投射パターンを特異化しますが(図2E・2F)、脳内のNodalシグナルが対称であるか、または存在しないような変異体でも、脚間核における手綱核軸索の背腹分離は観察されます(図3)。従って、Nodalシグナル経路の役割は、神経回路の非対称性自身を生み出すのではなく、その非対称性の方向を集団レベルで同一方向に調和させるものと考えられます。
今回の成果は、脳の左右両側に分布する神経情報が、左右性を失うことなしに伝達されるメカニズムを明らかにしたものであり、その非対称な神経回路を左右に方向付けるシグナル経路を明らかにするものです。