――我々の情緒的な脳は、我々を『情報を処理する単なるコンピュータ』以上の存在にしてくれます。なぜなら、それは情報を処理し、その価値を考慮に入れ、美に対する感情や感覚を持つことを可能にするからです。――伊藤正男(2002年)
ブレインコンピュータインターフェイス(BCI)は、脳信号(電気信号、磁気信号、代謝信号)を利用してコンピュータ、スイッチ、車椅子、neuroprosthesis(人工器官)などの機器を制御するシステムです。BCIの研究は、身体障害者や高齢者のための新たなコミュニケーション手段を創造するという期待がその動機となっていましたが、最近では、没入型バーチャル・リアリティの制御など、リハビリテーション、マルチメディアコミュニケーションやリラクゼーションといった潜在的用途が見られるようになりました。当研究プロジェクトは、拡張されたヒューマンコンピュータインタラクション(HCI)のためのリアルタイム、マルチコマンドBCI技術を開発することによって、BCIおよびそれに関連する脳波(EEG)に関する理解を深め、既存のBCIシステムの性能を向上させることを目的としています。
(下)手および足の動作イメージによって生じる、 EEG反応の典型的な空間分布パターンを示す。それぞれの図は上方向から見た頭部に対応し、これによって最適な電極の位置を決定することができる。当システムを用いることによって、三択の識別課題で84%~92%の正解率を達成した。
私たちのBCIシステムは、EEG測定装置、アーチファクト低減およびSN比向上のためのオンライン・ブラインド信号分離(BSS)を含む信号前処理、特徴抽出システム、知的適応型マルチクラスサービスの集合体によって構成されています(図1)。私たちは以下に挙げる有望なEEGの実例をいくつか実際に試しました。(1)四肢などの動きをイメージすることによって一次運動野上に生じる脳活動の測定、(2)ユーザーが見つめている光源(LEDまたは位相反転チェッカーボード)の点滅によって誘発される、定常的視覚誘発電位(SSVEP)と呼ばれるEEG反応の周期波形の検出、(3)ユーザー(またはユーザーの意志)が引き起こした事象によって生じる事象関連電位(ERP)と呼ばれるEEG反応における特徴の識別。
最初のアプローチでは、感覚運動野の周期的な活動(SMR)の時間的/空間的な変化、またはスペクトル特性を利用します。これらは、ミュー波(8~12 Hz)およびベータ波(18~25 Hz)とも呼ばれ、一般的には、運動あるいは運動準備の際に減少し(事象関連脱同期:ERD)、運動後あるいはリラックスしている際には増加します(事象関連同期:ERS)。ERDおよびERSの特徴を解析することによって、運動想像時のEEG信号の識別を行います。
二番目のアプローチにおいて、私たちは異なる周波数で点滅する複数のチェッカーボード状の画像を並べた視覚刺激を設計しました。大まかに言うと、BCIユーザーが特定の点滅する画像に自分の意識を集中した場合、点滅の周波数に対応する定常的なEEG反応(SSVEP)が(大きな雑音に埋もれてはいるものの)誘発されます。SSVEPは、一次視覚野(V1)および運動野(MT/V5)で発生するという、いくつかの証拠が提示されています。私たちはEEG信号に、BSSおよびサブバンド・フィルタ群を適用することによって、個々の信号の独立性に基づいてSSVEPを抽出することが可能であることを示しました。このSSVEPを用いた手法は、多数のコマンドおよび記号を区別できる可能性を備えた高速なBCIシステム(例えば仮想ジョイスティック)を構築するための、最も有望かつ信頼性の高い手法のひとつです。
さらに、私たちは斬新かつ能率的なリアルタイム信号処理ツールおよび特徴抽出アルゴリズムを開発し、私たちのシステムに実装しました。例えば、SMRとベータ波の実例において、私たちは空間的・時間的な適応フィルタリングに加えて新しい非負行列因子分解(NMF)技術を特徴抽出のために用いました(図2)。また、SSVEPの実例においては、斬新なICAおよびサブバンド・フィルタリングのアプローチを適用しました(図3)。さらに高性能の BCIを実現するために、現在、ミュー波とSSVEPの検出アルゴリズムを最適化する研究を進行中です。
もう1つの有望かつ拡張されたBCIのアプローチとしては、ユーザーがERP、ERD、SMR、P300、または頭皮上緩電位(SCP)などの何らかのEEG反応をコントロールするためのトレーニングを行うものがあります。ユーザーはさまざまなニューロフィードバックを受けることによって、自身のEEG反応をコントロールできるようになります。私たちは、ニューロフィードバックを備えたBCIは単なるリハビリテーション療法のための新技術であるだけではなく、脳のこれまで知られていなかった可能性を示すことができる、神経科学における新たな手法となるものと信じています(図4)。
自動化された文脈認識の新たなインターフェイスとしての可能性は、単純なフィードバック制御を備えているだけの標準的なBCIをはるかに超えるものです。私たちは、いくつかの特定の知覚現象のためにニューロフィードバックを備えた新世代のBCIシステムの開発を目指しています。