理研BSIニュース No.34(2006年12月号)

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インタビュー

中谷 裕教

外の世界から内側の世界へ:脳、そして研究室における知覚の理解

計算論的神経科学研究グループ
認知動力学研究チーム
研究員 中谷 裕教(なかたに ひろのり)


実験心理学に夢中になったエンジニア

中谷裕教研究員の研究者としての第一歩は、末梢の感覚神経の活動から体性感覚についての情報を推定しようという試みから始まったが、好奇心が深まるにつれて情報を知覚する仕組みにも興味を持つようになり、現在は視覚情報の知覚過程のダイナミックスについて調べている。中谷研究員は、外国人が運営する研究チームで研究を行っている数少ないBSIの日本人研究員の一人でもある。今日はこれまでの経験や研究に対する取り組みについて時間を割いて話してくれた。


なぜエンジニアが実験心理学の研究室に?

「東北大学では、神経からの信号を利用して人工臓器を制御するために、末梢神経の活動から感覚についての情報を取得するための研究を7年間ほど行っていました」と学生および助手の時に行った研究を回想している。「実際には感覚神経の活動について調べていましたが、この神経活動がどのようにして感覚を生み出すのか、ということをいつも疑問に思っていました」と、手にしていたペンを指先に押し付けながら話を続けた。ペンを指に押し付けると末梢神経に活動電位が発生し、これが指先にペンがあるという知覚を生じさせるが、一体この活動電位からどのようにして知覚が生じるのであろうか?


この疑問について思案を巡らせている時に、中谷研究員は伊藤正男BSIセンター長(当時)と立花隆氏の対談(BSI NEWS, December 2000 No.10)を読んだ。この対談で、伊藤センター長は、BSIは主体性と挑戦を求める若い研究者に相応しい場所であると述べていた。興味を持った中谷研究員はCees van Leeuwenチームリーダーに電子メールを送り、研究員のポストに空きがないかと尋ねた。その当時空きは無かったが、その後van Leeuwenチームリーダーから面接に呼ばれ、研究員として採用されることになった。この時から中谷研究員はこれまでの感覚神経についての研究ではなく、実験心理学に関する研究を学際的かつ国際的な研究室で行うようになった。


カルチャーショック?

認知動力学研究チームのチームリーダーはオランダ人。研究チームでは世界中から集まった研究者やテクニカルスタッフが働いているが、その大半はヨーロッパとロシアから来ている。中谷研究員は、この研究チームに属する三人の日本人研究員の一人であるとともに、理論家と心理学者が大半を占める研究チームにおける唯一の生体工学の専門家でもある。中谷研究員は、日本と外国人研究者の小集団、そして脳科学における二つの異なるアプローチという二つの面で、異なる視点の架け橋の役目を果たしていることになる。この環境に慣れるのは難しかったのだろうか?


「文化的な面はそれほどでもありませんでした。それよりも、研究チームの学際的なところがはるかに大きなカルチャーショックでした。周囲が外国人と言っても、結局ここは日本なので」と中谷研究員は笑いながら言った。「学ぶ必要があったのは、自分のプロジェクトの中にどのようにして実験と理論の二つの視点を取り込むかということでした」。各分野の専門用語を学び始めると中谷研究員は新たな研究環境に慣れ始め、話好きな性格の研究員らのおかげで研究活動もさらに容易になった。


このインタビューを行っているBSIのカフェを見回しながら、中谷研究員は話を続ける。「ここの研究者たちは、話をするのが好きなんですよ」。このカフェでは、中谷研究員の同僚たちが濃いコーヒーを飲みながら話をしているのをほぼ毎日目にすることができる。「日本ではこのようなコミュニケーションを持つことはあまりありません。それは、日本の研究者は自分の専門分野に閉じこもる傾向があるのと関係しているかもしれません。けれども認知動力学研究チームでは、研究員はさまざまな視点から議論を行います」。


直感、知覚、そして将棋

知覚に対する中谷研究員の関心は、直感や知識に基づいた知覚の仕組みを理解したいと考えるまでに高まっている。中谷研究員は「知覚を生み出す仕組みと直感の仕組みは同じもの」と考えている。この仮説を検証するために、プロ棋士とアマチュアが将棋を指している時の脳の活動がどのように異なるのかを調べるつもりである。そして2年におよぶこのプロジェクトが終了したら、ヨーロッパに渡りたいと考えている。なぜなのか?


「そうですね、脳科学におけるアプローチにおいて、アメリカの神経科学者はヨーロッパに比べて線形力学の視点で取り組む傾向が強いと思います。神経活動のダイナミックスは極めて非線形なものであるのに。私はこれに疑問を抱いています。それはたぶん、私の同僚の大多数はヨーロッパの人たちであり、私の研究に対する素晴らしい貢献者である彼らが、私の研究の方向性に強い影響を与えているためだと思います」。知覚、それが、我々の意思決定の原動力となっているのは確かなようだ。



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