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研究者インタビュー

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疾患モデルマーモセットをつくる - 佐々木えりかチームリーダーに聞く -

マーモセットは小型の霊長類で繁殖能力に優れ、遺伝子操作技術に有利な特徴を持っています。ヒトと似た社会生活を営み、賢い脳を持っていて脳の高次機能や心の研究にも役立つため、慶應義塾大学岡野栄之教授は2005年ごろから実験動物中央研究所とともに遺伝子開発マーモセットの開発に着手、2009年成功しています。

■アルツハイマー病モデル実現へ

──ヒトの病気とよく似た症状を示す疾患モデルマーモセットをつくろうとしているそうですね。どのような方法でつくるのですか。

佐々木:私たちは2009年に、ウイルスを利用して受精卵に遺伝子を導入することで、遺伝子改変マーモセットをつくることに成功しました。この手法でアルツハイマー病のモデルができつつあります。アルツハイマー病は、変形したタンパク質の断片が脳にたまることで発症すると考えられています。その変形したタンパク質をつくる変異遺伝子をマーモセットに導入する実験を進めています。同じ手法でパーキンソン病や糖尿病のモデルもつくることができる可能性があります。ただし、この手法ではつくることのできない疾患モデルもあります。

──それはどのようなタイプですか。

佐々木:ウイルスで受精卵に遺伝子を導入する手法は、染色体のどこに遺伝子が組み込まれるか分かりません。ただし導入した遺伝子により病気の原因となるタンパク質がつくられさえすれば、アルツハイマー病などの疾患モデルができると考えられます。一方、疾患の中には、染色体の特定の場所にある遺伝子の機能が失われてしまうことで発症するタイプも数多くあります。そのようなタイプの疾患モデルをつくるには、別の手法を用いなければいけません。

■霊長類のノックアウトに挑む

──マウスでは、特定の遺伝子を欠損させたノックアウトマウスがつくられ、生命科学や創薬に欠かせない実験動物となっています。そのマーモセット版が必要なのですね。

佐々木:そうです。ところがマウスと同じ手法ではうまくいかないのです。マウスでは、あらゆる種類の細胞に分化する能力を持つES細胞(胚性幹細胞)を操作して、特定の遺伝子を別のものに組み換えることでノックアウトを行います。その成功確率はとても低いのですが、ES細胞は増殖させることができるので、たくさんのES細胞に組み換えを行い、うまくノックアウトできたものを選びます。そして受精卵が何回か分裂した発生初期の胚盤胞にノックアウトされたES細胞を入れると、それが分裂・分化を繰り返し、ノックアウトされた細胞が混じったキメラマウス(異なる遺伝情報を持つ細胞が混じったマウス)が生まれます。生殖細胞の中にもノックアウトされたものができるので、それを用いてノックアウトマウスをつくります。

 マーモセットでもES細胞をノックアウトすることはできます。ところが不思議なことに、それを胚盤胞に入れてもキメラが生まれないのです。

──ほかの方法で、ノックアウトすることはできないのですか。

佐々木:最近、ジンクフィンガーヌクレアーゼ(ZFN)を利用する新しいノックアウト手法が開発されました。ZFNは、特定の遺伝子に結び付くタンパク質と、遺伝子を切断するタンパク質をつなげたものです。遺伝子組み換えよりもノックアウトの成功率が高く、受精卵に作用させることができます。このZFNの手法をマーモセットに用いて、再生医療の研究などに必要な免疫不全モデルの開発を進めています。とても順調に進んでおり、1年以内の成功を目指しています

──まだ霊長類のノックアウト動物はつくられていません。その世界初の成功例が、このFIRSTプログラムから誕生するかもしれないのですね。

佐々木:そうです。私たちは、自閉症の疾患モデルをつくる研究も進めています。こちらは発症に関係する遺伝子をノックアウトできたとしても、本当にヒトの自閉症と似た症状を示すのかどうか、評価を行う必要があります。

■受精卵の全能性の謎を解きたい

──今後の目標は?

佐々木:ノックアウトの次は、特定の遺伝子に蛍光タンパク質などの遺伝子をつなげるノックインを目指します。それにより特定の遺伝子がいつ、どこで、どれくらい働いているのか調べることができるようになります。近年、霊長類にしかない遺伝子が発見されています。それらの中には脳の高次機能に重要だと考えられているものがありますが、その遺伝子の働きはよく分かっていません。ノックアウトあるいはノックインマーモセットにより、霊長類にしかない遺伝子の働きを調べることで、脳の高次機能、さらには心を生み出す神経基盤に迫ることができるはずです。私は、マウスでできることは、マーモセットでもできるようにしたいのです。そして、それらの手法を用いて解きたい謎があります。

──どのような謎ですか。

佐々木:マーモセットでキメラができないのは、マウスと霊長類では、受精卵の性質や発生の仕方が異なるからです。そもそも、その違いを知りたくて、私は遺伝子改変マーモセットの研究を始めました。あらゆる種類の細胞に分化できるES細胞やiPS細胞(人工多能性幹細胞)は万能細胞と呼ばれていますが、それらを子宮に入れても子どもには成長しません。個体になる能力、全能性を持つのは受精卵だけ。その全能性の謎を解明することが私のライフワークです。

■面白いと思える研究だけをする

──子どものころから生物が好きだったのですか。

佐々木:いいえ、中学まで理科は大嫌いでした。それが高校の授業で生物に興味を持つようになりました。その授業では、教科書はほとんど使わず、生物の主任先生がつくったプリントで学びました。昔の科学者が行った実験結果などをもとに生物の仕組みを理解させる内容で、すごく面白かったのです。

高校生のとき、忘れられない出来事があります。私の父も研究者なのですが、あるとき母が「普通の人は、嫌だと思っていても我慢して仕事しているのよ!」と父に文句を言っていました。すると父が「えっ! 普通の人は仕事が嫌なのか?」と驚いていたのです(笑)。父は研究が好きで、本当に楽しんで仕事をしていたのでしょう。

私も自分は何が好きなのか、将来何がしたいのか一生懸命に考え、大学で生物を学ぶことにしました。進路指導の先生には、「おまえは理数系が苦手だから、無理だ」と言われました。でも、面白いこと、やりたいことが見つかったので、苦手な数学の受験勉強も頑張ることができました。

研究でも、面白いと思えないとなかなか良い成果は出ません。それに気づいたときから、面白いと思える研究だけをすることにしました。つまり、取り組んでいる研究の中で面白い謎を必ず見つけるようにしています。そうすることで、とても楽しく研究ができるようになりました。

(取材・構成:立山 晃/フォトンクリエイト)