ヒトおよび霊長類が進化の過程で特定の脳機能を著しく発達させた一方、情動や認知など高次脳機能の殆ど全ての機能単位もしくは機構が脊椎動物に広く保存されている事も事実である。したがって、心を生み出す神経基盤としての分子・細胞および神経回路機構を明らかにする上で、遺伝学的操作が比較的容易で多面的解析手法を適用できるげっ歯類の利用は有効である。私達は、主にマウスにおける神経回路遺伝学技術を開発し、行動制御の神経回路基盤とそれを支える情報伝達の分子基盤を明らかにする事を目的とする。また、マウスにおける神経回路遺伝学技術の先行開発は、霊長類実験モデルへの応用の基礎となる。
“注意”は、全ての認知および情動機構の基であり、高等脊椎動物とりわけ高等ほ乳類で最も発達した脳機能の一つであろう。“注意”関連行動の不全は、極めて多様な病態や脳機能低下に伴って生じる。これらには、統合失調症、双極性障害や注意欠陥・多動性障害はもとより、一般的老化からアルツハイマー病など多様な原因および病態が含まれる。これらの病態を理解するには、個々の行動学的特性の発現機構を理解する事が肝要である。
高等脊椎動物(特にほ乳類)の脳が担う高次機能は、複雑ながらも高度に統制された神経回路の形成と、神経回路で働くシグナル伝達およびシナプス可塑性分子ネットワークの分子進化によってもたらされた。外部からの知覚刺激(ボトムアップシグナル)と内部で自発的に形成された情報(トップダウンシグナル)は、情報をリレーするシナプス伝達の過程で統合され、より高次の情報へと変換される。この結果として、過剰な知覚情報の中から、ごく一部の主情報を抽出し、より多くの情報を破棄する。この情報統合機構を明らかとする。 “注意”は、時間をコントロールする能力でもあり、“衝動性”を抑え合理的かつ効率的行動の選択を可能とする。“注意”や“衝動性”を制御する神経回路および分子機構の理解は、心を生み出す機構の理解を深める。
Netrin-G1およびNetrin-G2は、脊椎動物に固有の分子であり、以下の観点から“注意”関連機能の観点で注目される。まず、Netrin-Gsとその受容体NGLsは経シナプス性に独立した情報を統合する分子機構を担う。さらに、Netrin-G1およびNetrin-G2は独立した神経回路で発現する特徴を持つが、それらの領域は仮説的“注意”関連行動制御回路と重複する。Netrin-G1およびNetrin-G2は神経回路の分子標識であると同時にシナプス機能実行分子である。これらの分子を基軸とし、“注意”関連行動制御の神経回路機構および分子細胞機構をげっ歯類を用いた多次元的解析から明らかにする。
さらに、アストログリア・ニューロン相互作用は局所神経回路機能に重要な役割を担うと考えられる。遺伝学的にアストログリア・ニューロン相互作用に介入したマウスを作成し、この局所回路の制御機構が脳高次機能に果たす役割を明らかにする。