理研BSIニュース No.27(2005年2月号)

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特集

アルツハイマー病の実験的遺伝子治療に成功

神経蛋白制御研究チーム


アルツハイマー病は脳内に「βアミロイド」という物質が過剰に蓄積することによって引き起こされます。βアミロイドの蓄積はほとんどの人で40~80歳の間に開始し、加齢に伴って加速することが知られています。その結果、85歳以上では約2人に1人がアルツハイマー病あるいはその前段階である軽度認知障害に罹患するといわれています。現時点では、アセチルコリン(アルツハイマー病患者の脳内で低下している神経伝達物質の一つ)分解酵素を阻害する薬剤(ドネペジルなど)が治療に用いられていますが、これは対症療法であり、病気の進行をくい止めることは出来ません。私たちは、βアミロイドを分解する酵素としてネプリライシンを同定し、この酵素活性が低下するとβアミロイド量が上昇することを明らかしてきました。脳内ネプリライシン活性の低下は、加齢に伴って低下することや、実際にアルツハイマー病の前段階で低下することが知られています。従って、この酵素の働きを高めることができればアルツハイマー病の予防や治療につながることから、この研究は現在非常に注目されています。


図1:ウイルスベクターの注入と遺伝子発現の持続期間


図2:遺伝子導入後のネプリライシン遺伝子の発現と局在パターン。
注入側の神経細胞で発現したネプリライシンが、海馬内神経回路を通り対側の海馬に局在しているのが分かる。 (A)ベクター注入側海馬、矢印は注入部位。(B)対側の海馬。


図3:アルツハイマー病モデルマウス海馬でのアミロイド沈着(緑色の蛍光色)(左)が、ネプリライシン遺伝子を導入して酵素活性を増強することにより顕著に抑制されている(右)。

この遺伝子治療実験は、ネプリライシンの遺伝子を利用して、脳内ネプリライシン活性を増強しβアミロイドを減少させる目的で行いました。アデノ随伴ウイルスベクターを用いてネプリライシン遺伝子を導入すると、脳内の酵素活性は10倍ほど上昇し、酵素活性の上昇は半年以上持続しました(図1)。ネプリライシン活性の低下したマウスの脳では、βアミロイドの量が増加しますが、ネプリライシン遺伝子を人工的に発現することによって、この増加を完全に抑制することができました。また、このリコンビナントウイルスベクターの単回注入によって海馬の神経細胞で発現したネプリライシンが、海馬内神経回路に沿って投射先である対側海馬のプレシナプス部位に軸索輸送されることを観察しました(図2)。対側海馬のβアミロイド量も注入側と同様顕著に低下しますので、ネプリライシンはプレシナプス部位でβアミロイドを分解することが実証されました。この結果は、ネプリライシン活性を増強することにより、βアミロイドの局所的な上昇から誘発されるシナプスの機能障害を保護できることを示しています。さらに、アルツハイマー病モデルマウス(アミロイド前駆体タンパク質トランスジェニックマウス)に同遺伝子を導入することによって、遺伝子未導入マウスまたは不活性型ネプリライシン遺伝子(活性部位に人工的な点変異が挿入されている)を導入したマウスに比較して、病理学的なβアミロイドの蓄積が顕著に抑制されることも確認しました(図3)


アデノ随伴ウイルスベクターを利用する遺伝子導入法は、ウイルス自体が非病原性であることや遺伝子発現期間の持続性、発現領域の限定性など多くの長所があり、しかも、ネプリライシン遺伝子の導入によってマウスに目立った異常は認められませんでしたので、副作用は少ないと考えられます。また、理論的には、本方法はヒトに直接応用できるものであるので、アルツハイマー病の根本的治療法が存在しない現時点では、原因療法の一つの選択肢となり得ます。このように、ネプリライシンの遺伝子を導入する遺伝子治療は、若年発症型のものを含めて全てのアルツハイマー病患者の根本的な治療法になる潜在力があります。また、今回の実験結果は脳内ネプリライシン活性を増強すればβアミロイドが減少することをin vivoで実証したものであり、今後の研究の展開で、薬剤によってネプリライシンの活性を制御する薬理学的方法が開発されれば、遺伝子治療に加えてより簡便で安全なアルツハイマー病の治療法となることが期待されます。


最後に、アデノ随伴ウイルスベクターによって神経細胞で発現したネプリライシンは軸索輸送を受け投射先のプレシナプス部位に局在することは、ネプリライシンがプレシナプスのマーカーになることを示しています。従って、このベクターシステムは、特定の神経回路の可視化、シナプスの形成や再構築、シナプスの形態異常を調べる上で、利用価値があるかもしれません。


Nobuhisa Iwata, Hiroaki Mizukami, Keiro Shirotani, Yoshie Takaki, Shin-ichi Muramatsu, Bao Lu, Norma P. Gerard, Craig Gerard, Keiya Ozawa, and Takaomi C. Saido:
The Journal of Neurosience, Vol 24, 991-998, January 2004


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