研究チームは、重篤な知能障害を伴う難治てんかんを持つ患者さんにおいて、電位依存性ナトリウムチャネルαサブユニット2型をコードする遺伝子SCN2Aのナンセンス変異(アミノ酸に対応する暗号をストップを意味する暗号に変化させる突然変異)を発見し、さらにこの変異によって分断された蛋白が、残された正常チャネル蛋白の機能を変化させることを見出しました。研究チームは以前、比較的軽症でてんかん発作のみを示すてんかんで、SCN2Aのミスセンス変異(アミノ酸の置換をもたらす突然変異)を報告していますが、このように重篤度が大きく異なるてんかんにおいて同一遺伝子の異なる型の変異を発見し、さらに新規な発症メカニズムを示唆する変異分断蛋白の異常機能を見出したことは、てんかんの発症する仕組みの理解、治療法の開発などに大きく寄与するものです。
背景
てんかんは反復するてんかん発作(強直間代発作、欠神発作など)を特徴とし、全人口の1%以上が発症する頻度の高い神経疾患です。てんかんには多数の種類があり、その多くは遺伝的背景を有すると予想され、今までに30以上の原因遺伝子が報告されています。てんかんは、てんかん発作のみを示す比較的軽症の特発性てんかんと、運動障害・知能障害などを伴い、より重症の症候性/潜因性てんかんに大きく分類されますが、現在までに同定された16種類の特発性てんかん原因遺伝子のうち、14 種類がイオンチャネルをコードします。特に、神経細胞の興奮を担う主要な分子である電位依存性ナトリウムチャネルでは、ナトリウムチャネルαサブユニット1型蛋白(Nav1.1)をコードするSCN1A遺伝子と、β1サブユニットをコードするSCN1B遺伝子で、特発性てんかんの一種(熱性痙攣プラス)における疾患変異が報告されています。また、以前(2001年)に我々はαサブユニット2型蛋白(Nav1.2)をコードするSCN2A遺伝子でも熱性痙攣プラス患者におけるミスセンス変異を報告しました。その後、SCN2Aのミスセンス変異は、ごく軽症の良性家族性新生児けいれんでも報告されています。さらに最近では、乳幼児期の熱性けいれんを初発症状とし、難治の強直間代発作とミオクロニー発作、重い精神発達障害を特徴とする乳児重症ミオクロニーてんかんと名付けられた重篤なてんかんでもSCN1A変異が同定され、また研究チームも小児難治大発作てんかんと名付けられたミオクロニー発作を示さない乳児重症ミオクロニーてんかんの亜型でもSCN1A変異を確認しています。同じSCN1A遺伝子の変異ですが、熱性痙攣プラスの患者さんで見られるのはほぼ全てミスセンス変異であるのに対し、乳児重症ミオクロニーてんかんの患者でみられる変異は約3分の2がナンセンスもしくはフレームシフト変異であり、約3分の1がミスセンス変異です。
今回の成果
研究チームは、インフォームドコンセントを得て集められた、乳児重症ミオクロニーてんかんおよび類似重症てんかん症例60例の血液DNAについて、SCN1A、SCN1B各遺伝子のDNA塩基配列解読による変異解析を行い、変異を示さなかった20例に関してさらにSCN2A遺伝子の解析を行いました。そのうちの1例でSCN2Aの c.304C>T (R102X)変異(cDNAにおいて304番目の塩基がC(シトシン)からT(チミン)に変化し、結果チャネル蛋白の102番目のアミノ酸であるR(アルギニン)のコドンをX(ストップコドン)へ変化させる変異)を同定しました(図)。この変異によりNH2アミノ末端(蛋白の先端)からごくわずかの部位で蛋白合成が止まります。この変異は患者においてヘテロ変異(父母からの2遺伝子のうち1遺伝子のみの変異)として同定されましたが、父母には見つからず、患者で新しく生じた変異であることも分かりました。
この患者さんの症状は、重篤な知能障害を伴う難治てんかんという点で乳児重症ミオクロニーてんかんに似てはいますが、1)乳児重症ミオクロニーてんかんが主として全般てんかんを示すのに対し、部分てんかんを示す。2)乳児重症ミオクロニーてんかんが生後2 ~ 6ヵ月で発症するのに対し、1年7ヵ月と遅れて発症している。3)乳児重症ミオクロニーてんかんが熱感受性を示す(入浴などで発作が起こる)のに対し、熱感受性を示さない、などの点で異なります。さらに我々は、この変異がもたらす効果を調べるために、野生型および変異型ヒトSCN2A-cDNAをヒト培養細胞にて発現させ、パッチクランプ法により電気生理学的なチャネルの性質の機能的変化を検討しました。変異型チャネル単独では予想される通り電流を通しませんでしたが、驚いたことに野生型と変異型を同時に発現させると、野生型の電流の流れ方に特有の変化がみられ、変異型分断蛋白が野生型チャネル蛋白の機能に影響を及ぼしていることが確認されました。このことにより、単純に正常チャネル蛋白量が半分になることがこの患者に見られる症状を引き起こしているのではなく、分断された蛋白質が残された正常チャネルに影響を及ぼすといった異なる発症のメカニズムが存在することが示唆されました。Nav1.1チャネル蛋白は主に神経細胞の細胞体に局在するのに対しNav1.2チャネル蛋白は主に軸索に局在し、また脳内分布も異なることが知られていますが、これらの違いにも関わらずSCN1Aで見られた重篤度が大きく異なるてんかんにおける異なる型の変異がSCN2Aでも見られるというこの発見は、両遺伝子に共通する発症機構の存在を示唆し、さらにそれを理解する上で貴重なものです。
今後の期待
重篤な知能障害を伴う難治てんかんにおいてSCN2A遺伝子変異が見出され、さらに分断蛋白が正常チャネル蛋白の機能を変化させ発症に繋がる可能性が示されたことは、今後てんかんの診断、発症メカニズムの理解に大きく寄与し、さらには現在では治すことが困難な重篤で悲惨なこれら難治てんかんの新しい治療法の開発に道を開くものと期待されます。