理研BSIニュース No.28(2005年5月号)

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BSIでの研究成果

記憶形成における神経回路の形態変化の観察に成功

理研-MIT脳科学研究センター
ピカワー記憶・学習研究センター
興奮性シナプス可塑性研究チーム


理研-MIT脳科学研究センターでは、神経細胞のシナプスの形が、受け取る信号に応じてどのようにして変化を行うかということの理解に一歩近づきました。


我々は、脳細胞がどのようにして記憶を保持できるかについて研究しています。今回、アクチンという細胞の形態維持にかかわる構造蛋白に関する我々の論文が『Nature Neuroscience』に掲載されました。この知見は将来、神経細胞を分子レベルで操作して、学習と記憶の強化を可能にすることができるかもしれません。


神経細胞同士がコミュニケーションする数分の一秒間には多くのことが起こります。シナプスの送り手からは神経伝達物質が放出され、受け取り側にある受容体蛋白の変化を誘発します。脳細胞の構造の長期的な変化は、長期的な記憶と生涯にわたる学習をもたらすものですが、もう一方で、不要な情報を除去するために、不要な接続を破壊するような変化も存在します。


アクチンと呼ばれる細胞蛋白は、シナプスが自分自身の形状を保つ役割を担っています。我々は、アクチンは他のメカニズムと協調して、シナプスが後シナプスの伝達の受け取り側における蛋白質の合成を行うことを助けていると考えています。


アクチンそれ自体の形状は、球状(Gアクチン)から糸状フィラメント(Fアクチン)に変形しますが、これらの形状は脳の主要な過程に対して根本的に異なった作用を行います。神経細胞内のシナプスにおけるアクチンの転換が観察されたことはないので、アクチンがどのような挙動を行うのか、何を行うのかについてはまだよく知られていません。

我々は、蛍光エネルギー共鳴移動法※1(FRET:Fluorescent Resonance Energy Transfer)という方法を、二光子レーザー走査顕微鏡※2という最新の顕微法と組み合わせることで、GアクチンとFアクチンとの間の平衡(重合・脱重合)の変化を観察することに初めて成功しました。また、クラゲ由来の蛋白質を融合させることで、Gアクチンは青色に、Fアクチンは黄色に発光するようにアクチンを修飾しました。青色から黄色への色変化がGアクチンからFアクチンへの変換を意味しています。FRETがなければ、このような変化を見ることはできませんでした。


我々は、ラットの新規の記憶形成と関連のある脳領域である海馬の前シナプス細胞の繊維に、強力な電気刺激を与えました。こうすると、後シナプス側の受信細胞では、数時間から数日単位までも続く物理的変化である増強または抑圧が開始します。これらの二種類の重要な脳過程は、長期増強(LTP:Long- Term Potentiation)および長期抑圧(LTD:Long-Term Depression)と呼ばれ、多くの研究者には学習と記憶の基礎であると信じられています。LTPは脳細胞間の新しい接続の構成を助けることで、長期的な変化を引き起こし、LTDは不要な接続の破壊を助けています。低頻度の刺激はLTDのような反応を引き起こしますが、強い電気的刺激ではLTPのようになります。


:シナプス伝達の変化:
樹上突起の拡大。付着している小さな突起(丸く見える)がシナプス。この細胞は、アクチンが重合すると赤く、脱重合すると緑から青に見える蛋白を発現している。学習時にはシナプスが赤く大きくなった。また忘却時には緑になり小さくなった。このことから、覚えたり忘れたりする時にアクチンが重合と脱重合することによりシナプスの大きさを調節し、神経回路網の伝達効率を調節していると考えられる。

我々と、ピカワー記憶・学習研究センターの岡本賢一研究員、およびBSIの永井健治研究員と宮脇敦史チームリーダーは、LTP誘導はFアクチンを誘導し、これがシナプス棘を拡大させてその情報伝達能力を増大させる、ということを発見しました。これに対して、LTD誘導を行うと、平衡状態はGアクチン側に変化し、この結果前シナプス細胞からのメッセージを受信している後シナプス細胞でのアクチンの喪失が起こることになります()。


以上の研究から、アクチンからなる細胞骨格がシナプス可塑性に必要不可欠なはたらきをしていることが分かりました。また、この研究で用いられた蛍光エネルギー共鳴移動法を用いると、生きた細胞でアクチンの重合や脱重合を観察することができます。これを生きた動物で観察できるようになれば、学習時にどのシナプスで変化が起こっているかが分かり、学習に必要なネットワークの解明に役立ちます。


Hensch TK, Stryker MP. Science 303, 1678 (2004)
Fagiolini M et al. Science 303, 1681 (2004)


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